Loading…

コロナの時代の愛 その三 ~ 回れまわれメリーゴーラウンド 眠れ眠れ春眠暁を覚えず・・

Posted by 高見鈴虫 on 08.2020 コロナの時代の愛   0 comments
ベビーメタル、コロナなんざに負けんな、
とぶち上げたその途端に、
あらら、ノットとそしてアジアツアーもキャンセルかよ、と。
まあそう、それが常識的な判断って奴なんだろうけどさ、
残念だよねえ。悔しいよね。ちょっと涙にじんじゃったよ、と。

ただ、まあ確かにこの笑顔のファシズムの花盛り、
例の大阪のライブハウスじゃないけど、
まさかベビーメタルのライブが、
クラスターだスーパースプレッダーだ、なんて、
またまた鬼の首を取ったように
好き放題にお祭りされても堪らない。

なによりこのメタルギャラクシー、
いまや順風堂々の飛ぶ鳥を落とす勢いの中にあって、
この先の世界征服に向けての輝けるキャリアを前にして、
ここで無理してアンチ派どもにお祭りされるよりは、
まあ、今回だけは涙を飲んで、
というところが無難ということなのだろうなあ、と。

という訳で、あっそう、日本はやっぱりそんな感じなんだね。

なんてことを嘯いては余裕をぶっこいていたこの対岸の大炎上、
ではあるのだが、
いつのまにかこのアメリカでも、
そしてこのニューヨークシティーにおいても、
ついについに、ステイト・オブ・エマージェンシー、
非常事態宣言の発令と相成った、と。

という訳で、ご心配いただいておりますここニューヨーク。
ついこの間までは、虫国から姦国からそして我が祖国日本からと、
上へ下への大騒ぎであったこのコロナ騒動を、
ともすれば対岸の火事と達観していた筈のこのアメリカ。

大統領閣下の繰り返す、米国は問題無し!の見解に準じては、
コロナのコの字もなかった筈の米国メディアが、
いざ、CDC:アメリカ疾病予防管理センターからの緊急発令と同時に、
一挙に、それはまるで、一瞬のうちに手のひらを裏返すように、
コロナコロナ、米国のニュースは、コロナの話題で一色。

いまさらながらあのなあ、と。

既に、日本からのニュースにコロナパニックを疑似体験しては、
ここニューヨークの御法度であるところのマスクを常用していた俺としては、
いまさらながら馬鹿かこいつら、と。

ただ、気がついてはいたんだよね、その当時から。
つまりは、最近、地下鉄が空いているなあ、
そんな様々な事実には・・








という訳で、
ご心配頂いておりますここニューヨークのコロナ事情。
そう、ちょっと前から気づいてはいたんだよね、
なんか最近、地下鉄が空いているなあ、と。

そう、それつい一月ほど前のこと、
その駄文にも触れさせて頂いた、
例のあの謎の虫国人のおやじ。

おい、おまえ、地下鉄でマスクをするな。
この米国人にとっては、虫国人も日本人も同じ。
こんなマスクなんてしていたら、
それこそなにをされるか判ったものじゃないぞ・・

奇しくもあの虫国人から謎の忠告を受けたあの日に、
ここニューヨークにおいて、
マスクをしたアジア人が暴漢に襲われては、
このコロナ野郎と殴られて怪我をした、と。

まあそう、とは思っていた。
そういう馬鹿はいる。
それが土人であろうが、ケイケイケイであろうが、
なにかことがあった時、
それを理由にしては日頃の鬱憤をないまぜにしては、
道徳自警団を気取って絶対善の行使を図る、
そのはけ口をきっかけを探し続けている鬱屈した人々。

そう、そんなやつは国を問わず人種を問わず、
どこにでもいる、いつの時代にもいる。

だがしかし、とは思っていた。
この俺に限っては大丈夫だろう、と。
だってこの俺、この頭のてっぺんから爪先まで、
誰がどう見ても日本人。
そんな俺が、まさかあの虫国人に見間違えられて、
なんてことが、ある訳もない、その筈・・なんだけど・・・

という訳であれから数週間、
それまで、対岸の火事であった筈のあのコロナパニックが、
すっかりここ米国を席巻しては大炎上。
ここニューヨークにおいてもその感染の拡大が懸念され初め・・

そして遂に、遅ればせながら我社からもその対応策。
もしもの時に備えて仕事用ラップトップを毎日自宅に持ち帰ること。

えええ、まじで?
これ、無茶苦茶重くてさ。
腰が痛くなるんだけど・・
下手すればコロナの前に、
腰痛のアウトブレイクで全社全滅なんてことにならねえよな・・

なんて軽口が洒落にならないほどに、
このコロナの災禍が着実に刻々と、
生活の基盤を揺るがしつつあるのか、と。

なんてことを思いながらのニューヨークシティ、
ミッドタウンでの会議の後、
そういう訳で今日はこのまま直帰しますと、
ラッシュアワーのタイムズスクエア、
ごった返す人混みの間をすり抜けては、
ドアの間から飛び込んだ地下鉄の中。
車内に犇めいていた乗客の、
たぶん見るからに田舎からの観光客たちの一団、
その人々が、俺の姿を見た途端に、
一斉に目を剥いてはそそくさとその首に巻いたマフラーで口を覆い顔を覆い。

あのなあ、と今更ながら。
あのなあ、ひとをそこまで露骨にバイキン扱いすることねえじゃねえか。

そのあからさまな反応に思わず調子こいては、
いきなり、ゲホゲホと咳き込んでは額に手をやって熱が出てきたぜ、と。
やにわに恐怖に後ずさる観光客を前に、
徐に頭にフードをかぶりマスクをしてゴーグルをして、
そしてヘルメットまで被っては、
これみよがしに親指をあげてのOKサイン。

馬鹿野郎、コロナだ?アウトブレイクだ?
一昨日来やがれってんだよ、

なんてことをやっていた俺であったのだが・・・

そして帰り着いたアパートのロビー、
その入り口の掲示板に、これみよがしにデカデカと張り出された、
ニューヨーク市からのコロナウイルスへの警告的注意書き。
で、その掲示を前にして、アパートの住人とドアマンが、
ヒソヒソと身を寄せ合うように、
ねえ、このアパートに、中国人がどれだけ住んでいるの?
そんな会話が聞こえて来て・・・

そしてやって来たエレベーター、
そそくさと乗り込む人々の最後から、
ちょっと失礼と乗り込んだ俺の姿を見て、
いきなりその乗客たちが、
ひとりふたりと顔を背けては降り始め・・

おいおい、ここでもかよと。
まさか自身の暮らすアパートでバイキン扱い?・・
下手すればそのうちに、
アパートのドアに X 印でも書かれそうじゃねえか、と。

いやあ正直な話、
これにはちょっと参った。
地下鉄の見知らぬ乗客たちならいざ知らず、
自身の暮らすその生活の基盤、
そんなご近所さんたちの間から「差別」なんか受けたりなんて、
そんなことを考えると、ちょっと相当に気が滅入るものがあるなあ、と。

そしてふと思った。

ツバ吐かれた石投げられたりぐらいならまだよいが、
まさか強制収容所に入れられたりとかしたら・・
この犬は果たしてどうなってしまうのか・・

改めて、人種差別の集団狂気ってまじで怖いよなあと。

嘗て犬仲間、ホロコースト研究家であったピーター翁から聞かされた、
人種差別という集団狂気に襲われる恐怖。

世間の、社会の、世界の、その根本が憎悪に狂わされては、
身の回りの誰一人として誰も信じられなくなる、あの疑心暗鬼の恐怖。
それはまさに、ペストのようなもので・・

ユダヤ人たちの体験したあの恐怖とはまさにこれだったのだろうな、と、
ちょっとまじめに疑似体験した気分。

いやあ実は、と今更ながら、
祖国を離れてからここアメリカに暮らしてからずっと、
もしももしも、日本人だ、というそれだけの理由で、
そんな社会的差別、その集団狂気に晒された時、
果たしてどうやって身を守れば良いのか・・
そんなことについて、考えていなかった訳ではない。

その道徳自警団への免罪符、
絶対善を言い訳にした鬱憤ばらしの実力行使のその矛先が、
ひとたび人種というものに向けられた時、
いったいどういうことが起こるのか・・

そう、嘗て暮らしたあの米国南部、
いまだに白人至上主義のジーザス・ゾンビー的な常識の罷り通る、
あの中世的なまでの偏狭に閉ざされた封鎖社会。
あの中で感じた、あの得も言えぬ潜在的な恐怖・・

そう、俺がこのニューヨークにやって来たその理由、
この人種の坩堝に辿り着いて心底ほっとしたその理由とは、
この人種的偏見というものから漸く逃れることのできた、
その開放感ではなかったのか、と。

そう言えば、嘗ての満州国崩壊のドサクサの断末魔の中で、
命からがら逃げ帰った人々のその体験談。

普段から、まわりの中国人の人たちの仲良くしていて、
あの極限の危機に晒された時、
そんな中国人の友人達が身を挺して匿ってくれた・・
そんな逸話の数々。

そう、頼れるものは遠い親戚よりも近くの他人である。

いまという時を暮らすこの仮初の場所において、
しかし、なにかがあった時、
その生命を託すことのできる信頼できる友人を持ち得ているのか。
つまりは、生活圏という暮らしの土台の中で、
その身を託し会える人と人との絆。
それこそが、危機管理の基本の基本なのだよと。

という訳で、そんな近所の友人たち。

居るんじゃない?いくらでも、と妻からの言葉。
エレインからジェニファーからミッシェルから、
ジョンからポールからジョージから。
居るんだよな、俺たちには、そんな友人が。
居るわよ、いくらでも。
そうか、と思わず見渡すニューヨーク。
その非常事態宣言下の風景。

この週末を挟んでサマータイムに変更されては、
見渡す限り絵に描いたような青空の下、
春の訪れを告げるその眩い陽光が、
日一日と街中を包み込んでいく。

ほら、見てよ、と差し出されたIPHONE。

ねえ、今日何時にお散歩にでるの?行く前に電話してね~!
メトロポリタンオペラのタダ券があるんだけど一緒にいかない?
この間借りたDVD、ありがとう無茶良かった。何回も見ちゃったわよ!感激!!
ねえ、あの行列のできるお寿司屋さんがこのコロナパニックでガラ空きだって。
ねえ、あしたの夜に一緒に行かない?

ほらね、と、そのあまりに脳天気なメッセージの数々。

こいつら、と思わず。
こいつら、この非常時にいったいなにを考えているのだ、と。

いや、だからじゃない?と妻。
この非常時だからこそ、こうやって連絡を取り合うのよ。

ほら、あの911のときもそうだったでしょ?
取り残される人がでないように、
友達たちに片っ端から連絡をし合っては集まって、
そうやってみんなで助け合い支え合った、
この街の人々はそうやって危機を乗り越えて来たのよ。

あのユニオンスクエアか。
みんなで泣きながらボブ・マーレイを歌ったよな。

この街はそういう街なのよ。
孤独な流民のあつまりだからこそ、
みんなで支え合う。
友人の、隣人の、その大切さを知る人々に囲まれているからこそ、
私達だってこうしてこの街に暮らして行けるのだから。

個であることの孤独を前提としているからこそ、
互いに助け合えるってことなんだよな。

だって、私達だってそうでしょ?
犬の事情で、テニス仲間で、音楽で、仕事の仲間でも、
そのきっかけは様々でも、
困ったときにはお互いさま。
そうやって助け合って来たじゃないの。
友達なんだもの、人間なんだもの、当然のことよ。

そしてこの非常事態宣言の発令されたニューヨークシティ。
午後を過ぎて犬の散歩に出た街。

この雲ひとつ無い青空の、燦々と降り注ぐ眩い陽光に包まれて、
新緑が芽を吹き始めた公園には子どもたちの歓声が響き渡り、
そして川沿いの遊歩道にはカップルが家族連れが若者たちが溢れ帰り、
気の早い一団が芝生の上にシートを広げてはピクニック気分、
タンクトップのジョガーたちが全身に汗に光を肌せては次々と駆け抜けていく、
そう、いつもと何ら変わらぬ春の風景、そのまま。

なんだよ、非常事態宣言はどこに行ってんだよ。
こののほほんとした風景そのものが、
あのチェルノブイリのブリッジ・オブ・デス:死の橋、
なんてことにならなければ良いけどな。

数日前の日本のニュースに、
コロナが原因のコロナ破局やらコロナ離婚やら、
なんてことが載っていたけどな。

バカバカしい、と妻。
そんなことは、数万人にひとり、数億人にひとり、あるかないか、でしょ?
それが珍しいからこそ目を惹く、話題になる、ニュースになるんじゃない?
ニュースになるってことは、
それが珍しいから、特異だから、なのよ。
つまりは、ニュースにもならないそれ以外の普通のひとたちは、
コロナがあろうがなかろうが、
こうして何食わぬ顔しては普通に過ごしている、
それを忘れたところでなにかがトチ狂っていくのよ。

普通のひとはそんなことにいちいち騙されたりはしないのよ。
ニュースはニュース、自分は自分。
そんな根も葉もない特異な例にいちいち騙されている人って、
虚空と現実が綯い交ぜになってしまった、
つまりは自分自身の目にする現実に自信の持てない、
そんなあやふやな人たちなんじゃない?

そう、人間ってそれほどまでにネガティブなものじゃない。
綺麗なものが好きで、美しいものが好きで、
そしてみんな仲良く愛し合っていたい、
それがごく普通の、ごく自然な感情、
つまりはそういう生き物、である筈。

そう、そんなことは判っている、
判っているんだけどさ。
ひとたび、家に帰ってはネットの画面を開いた途端、
そこに並んだ、目を引くニュース、その極々特異な例の数々。

なんだか、この世の中のヘイトの毒ガス、
メキシコ人が、虫国が、姦国が、とか、
そういうものからして、ウイルス、
人間の心の弱さ、その悪意に寄生する、
ウイルスそのものって気がしてくるよな。

でどうなの?
この眼の前の風景と、
そしてその手元のIPHONEから撒き散らされる、
その根も葉もない噂のデマのフェイクな、
その特異な例ばかりをでっち上げては挙げ連ねた、
そのネット情報という奴と、
いったい、どちらを信じるつもりなの?・・・

危機の中で崩れ去る信頼もあれば、
危機の中で鍛えられる絆もある。

人間はそんなに弱いものじゃない。
それを信じる以外になにがあるの?・・・





という訳で、この降って湧いたようなコロナ災禍。
遂に発令された非常事態宣言の下、
ともすれば、目にする人々、そのすべてがウイルスの保菌者のスプレンダー。
その極限的なまでの疑心暗鬼の嫌世感の中にあって、
いったい、ニューヨーカーはこの試練をどうやって乗り越えるのだろうか。
そして俺は、俺たちは、この危機をどう生き延びれば良いのだろうか。

そう、このご時世である。
政治が、そして、マスコミが徹底的に信じられないこのフェイク盛りの中にあって、
自分の身は自分で守る、
その為の情報は自分で分析し自分で選択する、
それこそが生き残る為の鉄則。

その津々浦々なる情報を斜め読みしながらも、
風評を風評と、デマをデマと、フェイクをフェイクと知りながらも、
その面白いことだけをピックしては勝手に自分なりのストーリーをでっち上げて、
そしていまや全人類が、そんな疑心暗鬼の悪意のガス室に軟禁状態。

これはたぶんコウモリなんてところから自然発生したものではなく、
武漢の生物研究所の生体実験から漏洩したものでありげ。
ただ、それが大流行した理由は、
虫国の医療技術が世界的に劣っていることが原因ではなく、
つまりは現代医学の常識の上を行く強敵の超敵的最強ウイルス。
であればその最初にして最大の被災地であった武漢からの被害情報を、
克明に隠すところなくすべてを共有しては、
全人類の知力を尽くして共同戦線を張らねばならぬところを、
その人類の命運をきっする重要な情報が、
国家間における駆け引きの取引条件、
つまりはなにかにつけて自身の保身と政治派閥の椅子取りゲームと、
そしてなにより、自国のメンツ、あるいはその株価の上げ下げの、
なんてところばかりに執心する政治屋たちの偏狭さに妨げられては、
ともすれば、コロナウイルスの政治利用、なんてところで、
いやそれは問題ない、政府の対応に落ち度はなかった、
ともすれば、これはわたしのせいではない!
そんな軽口ばかりが、回る回るメリーゴーラウンド。

あらためて、それが風評家デマかフェイクか、
あるいはどこぞの陰謀的な出来レースか、
であれば、それのすべてに箝口令、
政府の由緒正しき広報以外は信じてはならぬ、
と言い張るその政府の広報自体、
強いて言えばその政府を名乗る政治屋自体が、
徹底的に信じられないからこうなっているのだろうが・・

百年を費やして築き上げた信用が、
しかし一度ついた嘘によって一瞬で無と帰す、
そう、信用とはそういうものである。
少なくとも、これまでの言動のすべて、
遂にはその国家どころか人類の危機を前にしてもなお、
やれ桜まつりの帳簿があったのなかったの、
なんてところでぐるぐるまわりをしているような
そんな陳腐な子供詐欺師の戯言を、
この危機状態の中にあって誰がどうやって信用することがあり得るのか、と。

そう誰もが思っていただろう。
この軽口ばかりが回る回るメリーゴーラウンド。
オカマ公家たちが互いの足を引っ張り合っては、
今日も呑気に蹴鞠に講じるその脳天気なあっちのひとこっちのひと、

そんなことをやっていたら、
もしもの時に、いったい、どう対処するのか。
その平和ボケの痴呆状態、
希望的観測だけにでっち上げられた、
このあまりに杜撰な危機管理体制。

これ、やばい、この国、こんなことをやっていたら、
もしももしもの有事の際、
誰も誰一人として、それにまじめに対処できる、
そんな気骨のある人間がひとりもいないじゃないか。

という訳で、このコロナ災禍の大国難、
この降って湧いたような騒動もどこ吹く風、
その頭にあるのは、その天上界の中庭における蹴鞠合戦の、
そのイカサマ博打のもみ消しの、そんな浮世離れの事情ばかり。

その責任逃れの軽口の、
その回る回るメリーゴーラウンドを前にして、
思わず目が回っては眠くなってきて・・・



という訳で、
そんな祖国を襲った大災禍を前に、
そおら、言わんこっちゃねえとばかりに、
対岸の火事を前にしては、
無責任な寸評を並べていたその仇か業か、果たして天罰か。

これまで、コロナなど恐れるに足りず。
虫国は日本は米国からは遠い対岸の火事。
そんなものは、インフルに毛の生えたようなもの。
と言い続けていたその口裏が、
一瞬のうちに翻っては、
その失策の責任を問われた途端に、
いや、コロナは既にアメリカに広がっていた。
これは今年流行したインフルのその亜流の新種の・・

つまりは?
つまりは、これは、政府の失策ではない、
寅吉御大の責任ではない、と。

あのなあ、と。
そんなことを言ってる場合かってより、
寅吉がどうなろうが、知ったことじゃねえんだよ、と。

ただ、改めてこの危機的状況の中にあって、
その危機が公言されてからものの一週間も立たぬうちに、
全米中に拡散したこのコロナ発症者たち。
いや、そんな訳はねえだろう、と。

つまりは?
つまりは、コロナは既にアメリカに広がっていた。
それを知らなかったのは検査キットがなかったからで、
つまりはその危機管理の杜撰さ。
なにを思ってか、その危機管理委員会、
もしもの時のパンデミックに備え、
全米国民が検査を治療を受けられる、
その社会制度を早急に確立するべき、
そう主張する研究家たちを一挙に解雇処分にしては、
自身のその楽観的直感的な政策に素直に付き従う、
そんな提灯学者ばかりを並べては口封じを進めていた、
その失策の最もたるもの。

つまりこのアメリカにおけるパンデミックは
そもそもが寅吉の失策の露呈なのだ、と。

そう誰もが気づいていた。
この寅吉のその軽口の中に隠された、
そのあまりの楽観の、その代償を、
いつか必ず、誰かが払わされることになる、と。

そしてその失態が明らかになったいまとなって、
またまた出現したその伝家の宝刀たるフェイクニュース。

コロナウイルスなどなかった!
その眼を見張るばかりの大弾幕。

コロナなどはもともとなかった。
あるいはそう、これまでインフルと思われていたものが、
この新型コロナと混同されていただけの話で。
つまりは、それを知らない限りはそれは危機には成りえない。
自身に不利益なことは、知らないに越したことはない、と。

寅吉支持者たちの間で盛んに流布されるこの風評を前にして、
ただ、なんだ、そういうことか、と、
妙に納得している自分もある。

そう、嘘がデマが風評がフェイクが、
真実よりも広く早く深く浸透するのと似て、
実際にその危機が間近に瀕した時、
自身の一番都合の良い嘘を信じたがるもの。

ただ、とも思っている。
その希望的観測の幻想が、
為政者の利益を前提としていた時、
その幻想が果たして自分自身に当てはまるのか、
その切迫したリアリティの中でのシミュレーションこそが、
世に流布されるフェイクの悪夢から目が覚める、その瞬間なのだ、と。

改めて、このコロナ災禍を、
政治に、そして金儲けに利用しようとする人々。
そのあさましき業こそがコロナの被害を上回る、
現代世界の災禍そのものなのだ。

このコロナ災禍の警告を前にして、
フェイクというウイルスの危険性そのものに、
人類がようやくと気づき始めている、
そんな気がする今日このごろ、なのである。

世間がなにを言おうが、政府がなにを言おうが、
自分の身は自分で守る、
生き残るための原則はそこにしかない、のである。

そしてその鉄則とはなにか?
騙されたやつは死ぬ、ということだろと。

希望的観測の中でアヴェを寅吉を信じたいやつは信じればよい。
その亡者的なお取り巻きの撒き散らす耳あたりのよいデマを、
信じたいなら信じれば良い。
死ぬのはあんた自身だ。
それは必然というよりは言ってみれば運命。

で?で、俺は、いったい、どうすればよいのか、と。
その極限的なまでの希望的観測。
世界がどうあろうが、俺に弾丸は当たらない、俺は地雷を踏まない。
俺は、俺だけは大丈夫だ。
俺は、俺だけは神様に守られている、
そう信じる以外に何ができると言うのか、と。

そう、嘗ての修羅場をそうやって生き抜いて来た俺である。

信じるものは救われる、その究極の神頼み以外に、
いったい、どんな手段があるというのか。



いやあ、実は、と今更ながら。

実はそう、先日のあの犬とのハイタッチ、
あれからなんかどうにも、ちょっと体調が優れず。

そう言えばあの時、いきなり襲いかかった偏頭痛から、
なんかあんた、顔を真っ赤にして、熱があるんじゃない?
もしかして、インフルエンザ?

そうあの日、熱に浮かされて朦朧として部屋に辿り着いては、
そしてそのまま十数時間、滾々と眠り続けては、
はっとして目の覚めた朝、あり?治っちゃった、と。

あの不思議な経験からその後、
なんだけどさ、なんか、ちょっと事あるごとに、
身体の中にモヤモヤと広がっては消える、
この妙な妙な違和感の波・・

俺、やっぱり、もしかして、インフルに罹っているのかな?・・
それを、体力が、免疫が、抑え込んでいるだけの話なのかな・・

嘗てのあの長い旅、
インドからネパールから始まって、
中東諸国、そしてアフリカ、
そしてあの、虫国から、
その旅の中で出会った地球縦三周横三周の猛者たちから聞いた言葉。

病気?ああ、病気はすでにもうみんな罹っているんだよ。
え?病気に、もう罹っちゃってるの?

そう、肝炎から、アメーバー性赤痢から、チフスから、
マラリアから、デング熱から、コレラから、
その病原菌はすでに俺たちの身体に入っている。

なんだけどさ、と旅の猛者たち。
なんだけど、そう、俺たちの身体には、
抗体がある、免疫がある、つまりは、生命力ってもの。

病気もしぶといが、でも人間って生き物も、
実はなかなかしぶといものなんだよ。

体力、と旅の猛者は言った。
そう、体力、つまりは、生命力。

その病原体の侵略を抑え込んでいるのは、
なによりもこの体力。

なんだが、
この体力が衰えた時、
つまりはそう、ドラッグのODやら、
そしてなにより、寝不足、
これによって体力が奪われた時、
その時になって、これまで鳴りを顰めていた病原菌が、
一挙に攻勢をしかけてくる、その瞬間。

眠ることだ、と旅の猛者は言った。
調子が悪いと思った時には、
とりあえず寝ること、眠り続けること。
余計なことを考えず、
運を天に任せて、生命を身体に預けは、
ひたすら眠り続ける、それ以外に方法はねえんだよ、と。

大丈夫、人間はそれほど弱い生き物じゃない。
俺たちの遺伝子はな、
これまで幾度の危機の中を生き延びてきた、
つまりは、勝者なんだよ。
俺達がいま生きているというのはその何よりの証拠だ。

自分を信じろ。
自分の体力を、免疫力を、その遺伝子の力を信じること。
神は内在するんだよ。
俺たちはその神の細胞の一部なんだ。
つまりは俺たちは神から生かされているんだ。
それを忘れるな。

という訳で、この不穏なコロナ災禍の中、
あの寅吉支持者たちの風評を信じるならば、
コロナは既にアメリカに上陸していた、
で、先日までのインフル騒動は、
そのコロナと綯い交ぜになっていただけの話。
ってことは、
つまりは俺って既にインフルにコロナに冒されている、
その可能性があるのではないのか?
そんな不安にかられながらも、
であれば、と、日がな一日、それこそが犬さえもが呆れる程に、
寝て寝て寝て、眠り続けるばかりの日々。

いやあ、実は、自分でも気がついている。
これだけ眠れるって、なんかちょっとおかしい、と。

これってもしかして、コロナどころか、
ツェツェバエに刺されての眠り病か、
あるいは、そう、つまりは、春眠暁を覚えず・・
この春の訪れとともに発生する古くからの気象病という奴なのか。

という訳で、この人類を襲った未曾有の危機の中で、
いったいどうやって生き延びるのか。

いやあ、ベビーメタルのツアーも終わっちゃったし、
寝ているに限る、それ以外になにができるの?と。

そう、寝ていりゃ良いんだよ。
なにもせずに、なにも考えずに。

それ以外に、いったいなにができる?と。

ああ、こんなことを書いていたら、
またまた眠くなってきたぜ、と。

そして目が覚めた時、
すべての毒ガスがかき消えている、
そんな夢を見るに限る。

と、そんなことを書き綴りながら、
ふとすれば上の部屋から隣の部屋から下の部屋から、
コンコン、ゲホゲホ、ゴホンゴホン、
止むことなく響き続けるその咳せきセキの大合唱・・

ニューヨーク・シティがまた新たな危機を迎えつつあるこの不穏な春の宵・・

友よ、生き抜いてくれ!

明るい明日を信じて。
目が覚めたら、また会おう・・



  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム