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コロナの時代の愛 その六 ~ 遂に自宅待機命令のニューヨーク 仕事とベビーメタル、どちらを取るか?おいおい・・

Posted by 高見鈴虫 on 22.2020 コロナの時代の愛   0 comments
やばいよ、やばいやばい、まじで、超やばい。
ついについに、ニューヨーク市民全員自宅勤務命令。

金曜日の午後、閑散としたオフィスで尚、
あいも変わらずメールのチャットの電話のほうれんそう。
まったくこのコロナのご時世の最中の株の乱高下、
この一瞬だけで数億の金が乱れ飛んでいるってその時に、
たかが数万数十万の金額での切った貼ったの勧進帳。
つまりはまあ俺の仕事、如いては俺の生命の価値そのものも、
たかだかそのぐらいの金額で査定されてしまうということも意味するのだろうが。
しかしながらそれこそが実価、つまりは現ナマである。
俺の給料の生活のつまりは暮らしの人生の、その実体を支えている確かなるもの。
このコロナ騒動に便乗しては、上がった下がったやれ売りだ買いだの大商いが、
しかしそのすべてがモニター上に浮かんだ仮想的現実の仮想的数値。
果たして、とこのところずっと感じていた妙な予感。
このコロナウイルスのパンデミックが、
もしもこのモニター上の仮想世界の中に広がった時、
果たしてそこで何が巻き起こるのだろうか。

いつの頃から財布に現金を持ち歩くことがなくなっていた。
日々のちょっとした買い物でさえクレジットカード。
IPHONEのスリーブに挟んだ数枚のカードだけで、
すべての暮らしが賄われてしまうこのクレジット社会。
自動振り込みの給料が放り込まれた銀行口座から、
家賃がローンが光熱費が自動引落し。
月々の明細さえもろくに目を通すこともなく、
日々の食費からネットショッピングの買い物からに、
その残高が減って増えて、なんてことさえも、
いちいち気にとめることもなくなっていた。
いつしか金銭は数字からポイントになり、
財布はカード入れに、それが携帯電話の中のアプリに変わり、
ストリートミュージシャンに投げる小銭でさえ、
ポケットの奥に見つかることはなくなっていた。
この仮想的ポイント社会を支える電気的数値が、
謎のウイルスによるパンデミックに冒された時。
あれ、うちの銀行口座、いつの間にか倍になってる、半分になってる・・
そのときこそが世界の最終章。
二十世紀的社会の崩落その奈落の始まり・・・
コロナはその序章に過ぎないのでは・・

で?
で、それを望む者は果たして誰なんだろう・・





なんてことを考えながら、
で、昼飯はどうしようか、と。
このコロナ災禍の外食禁止令を前に青色吐息のレストラン業界。
従業員を解雇しては出前とお持ち帰りに限って細々と営業を続けながら、
いつ終わるとも知れないこのカタストロフィを前に絶望のため息をつくばかり。
そんな中、ビジネス街の一角でしぶとくも営業を続ける四川料理屋。
普段は昼を前にして店の前にも長蛇の列。
アジア系の顧客を饗す商談にも度々に使わせて頂いていた知る人ぞ知るの高級中華料理屋。
なけなしのサポートの意味も込めてここのところ日参していたのだが・・

椅子とテーブルを片付け灯りも落とした店頭に、
受けつけ用のテーブルが一つあるきり。
顧客との直接の接触を禁じられては、
奥の暗がりのレジスターに向けて注文を叫びクレジットカードの番号を読み上げては、
待つことしばし。
できたわよ! 下がって下がって、と促され、
DMZゾーンに置かれた申し訳程度の白いテーブルクロスのかかったテーブルに紙袋をおいては、
すぐにレジの後ろに逃げ帰り。
お待ちどうさま。いつもありがとう。
あなたが多分、最後のお客様になるわね、と肩を竦めて寂しい笑い。
その女主人。聞けば上海のご出身。
旧正月を前に里帰りした従業員のすべてが帰って来れなくなって、
ご主人であるコック長と二人きりでなんとか切り抜けて来たのだが、
そして一足遅れてここ米国でもコロナパニック。
まあ覚悟はしてたけどね、と。
国から補助金が出るとは聞いてるけどどうせ焼け石に水。
まあ一貫の終わりよね、と。
でもまあ生きているだけでも良かったじゃないか、と下手な慰めを言いながら、
でも、上海も大変だったんだろ?と聞けば。
まさか、と。
打撃を受けたのは武漢だけ。
上海も北京もその他の大都市も、
大騒ぎのわりにほとんど被害は受けなかった。
少なくとも私のまわり、上海にいる家族から親戚から友人たちからの中で、
コロナに罹ったひとなんてひとりも居なかったわよ、と。
いったいなんなのかしらね、これ、と女主人。
毎日毎日ニュースでは感染者数が死者数がとやりながら、
実際には誰も罹っていない目に見えない影に怯えては街中が完全封鎖。
ああ確かに、現実感がまるでないよな、なにからなにまで。
上海のひともそう言ってる。
なにもかもが絵空事、HOAXのような気がするって。
まあ確かに。
なんとなくこのウイルス騒動、
政治家の人気取りの為に無作為に膨らませ過ぎた株価、
一挙に精算するための算段としか思えず・・
と言いかけたことばを飲み下して、
まあ、がんばろうぜ。とりあえずは生き残ることだから。
そうよね、生きてさえいればまたどうにかなるわよね、と。
こんな時にこそチップをはずんであげたいのだが現金の受け渡しも御法度で、
ではまた、STAY CALM STAY HEALTHY そして、STAY ALIVE。
生き抜こう、なにがあっても。

その不吉な挨拶の通り、
コック長直々の思わず顎が落ちそうなぐらいに美味しい四川料理、
その絶品のランチスペシャルを平らげた頃になって、
あ、THAT'S IT:終わった、と。
あ?なにが。
終わった、終わった、終わった、終わった、と立ち上がる人々。
やにわにラップトップを閉じ、モニターを消しては、
そそくさと備品をかばんに詰め始め。

なにがあったんだよ。
遂に出たよ、いまニューヨーク州知事が完全自宅勤務を発令したところ。
これにて一巻の終わりと。
今週に入ってから全社員の25%以下と制限付き出社であったところが、
金曜の午後を過ぎて遂に遂に事実上の外出禁止令。
来週から自宅勤務か・・
顧客だって下請けだって同じ状態なんだ。
これじゃどうしたって仕事になんかなりゃしないしな。

じゃ、また会う日まで、とひとりふたりと消えていくオフィス。
まったくもう、とため息を付きながらも、
なんかこれ、クリスマス休暇の直前のような、
妙な開放感もないわけではなく。
それが証拠に、どこからか、蛍の光の口笛が聞こえて来る始末。
じゃね、よいお年を・・
冗談にしても悪ふざけがすぎるぜと大笑い。

出張用のスーツケースに、
書類から備品から冷蔵庫の食残しからを詰め込んでは、
普段からコンプライアンスからなにからで雁字搦めのその筈の、
書類の一枚も持ち出しは厳禁、なんてやっていたその筈が、
ここに来てド資料から備品から業務のすべてを外部に平行移動。
まったくなと。
まったく俺達がこれまでやっていたことって、
いったいなんだったんだよ、と。

そして五時を過ぎ、おーい、電気消すぞ。
ここにまだマスクが残っているから、
良かったら持って帰ってくれ。
ここに帰って来れるまでの間に、
まだまだ必要になると思うから・・

とそんな時、妻からのメッセージ。
荷物たくさんでしょ?
応援に来たよ、と。
午前中に早々にオフィスが閉まり、
家に着いてから犬を連れて迎えに来たらしい。
だったら、パークの入り口のところで待っていてくれ。

そして転がり出た午後の街。
突如として跳ね上がった気温の中、
まるで初夏を思わせる日差しの下、
コートを脱ぎジャケットを脱ぎ
シャツを開けてはTシャツ一枚になった人々が、
夜逃げの最中のような巨大な荷物を引きずりながら、
このなんとも言えぬ惚けた陽気に、
間の抜けた笑いを浮かべるばかり。

セントラルパークの入り口、
梨の花が鮮やかな白い花を咲かせる遊歩道のベンチ。
呑気に世間話を続ける人々の中から、
唯一、全身に気合いを漲らせながら、
凛として仁王立つ白い猛犬が一匹。

オンオンオン!

その甲高い声に、あ、来た来た、と妻。
途端に手綱を振り払っては駆けて来る駆けて来る白い弾丸。
おい、ばかやめろ、の制止も届かずいきなり飛びかかられては、
背中に背負った巨大がバックパックが二つ、
思わず足を取られては尻もちをついて。
おいおいおい、遮二無二顔中を舐められながら苦笑い。

まあ、コロナウイルスが自宅勤務かは別にしても、
これから暫くこいつと一緒に居てやれるということだけは良かったのかもしれないな。

明日からまた嫌と言うぐらい散歩してやるからな。

という訳で、金曜日の午後のセントラルパーク。
タンクトップ姿のジョガーから、犬の散歩から、
そして子どもたちの歓声が響き渡るばかりの緑の芝の上、
シートを広げてはピザからサンドイッチからワインからビールから、
そしてどこからともなく漂ってくる毬花の香り。
この風景のいったいどこが非常事態宣言の外出禁止の戒厳令なのか・・

パリではね、公園も閉鎖になったんだって。
公園が閉鎖?なんで?
会社が学校が休みになった人たちが、
一挙に公園に押し寄せてそこら中でピクニック初めて。
これじゃあ戒厳令の意味がないって。
日本でも居酒屋が大盛況、
ドイツでは街中で若い子たちが所構わずレイブパーティ始めては警察と追いかけっこ。
まあそんなもんだろうなあ。
パンデミックスだ非常事態とか言いながら、誰も現実感なんて持ってないのよ。
まあウイルスは目に見えないからね。
で、なによそのマスク。
ああ、会社に残っていた奴を貰ってきたんだよ。
この間買った奴がまだ山程あるじゃないの。
ほら、これちょっと形が違うしさ。
こういう山伏スタイルも格好良いかと思って。
格好良いマスクなんてないわよ。ばかばかしい。

そう言えばさっきケイティさんに会ったのよ。
おお、あの大富豪の未亡人、元気だったか?
あの秋田犬のグレイシーがもう八歳なんだって。
ああよくブーくんにじゃれついてたよなあ。
そう、まったくあのまま。道の真ん中でお腹だしてゴローンって。
あの婆さん、なにか言っていたか?
それが、あなたと同じこと言ってた。
でっち上げだって?
そう。株価操作の為のでっち上げだって。
世銀がどうのFRBがどうのとか言っていたけど、
よく判らなかった。
まあ、こういうリセットがある度に、
損を食うのは貧乏人ばかりで、
底値で買い叩いた巨大資本がますます膨れ上がってはまた同じ繰り返し。
バブル崩壊から911からリーマンショックから、
その度に太った奴らばかりがますますバカでかくなる。
これだけ手を変え品を変えあからさまに同じことを繰り返されて、
それでもなにひとつ打つ手がねえってのが癪に触るけどな。
余裕のある人はリスクの分散とかもできるんだろうけどね。
分散するにもそもそも元手がないんじゃ手も足も出ねえ。
そしてまた親の総取り。
それを食らうのは99%の貧乏人たち。
そのうち、99.9%ぐらいにはなるのかもね。
人間の資源化も極まれりってところだよな。
その前に利用価値のない年寄りから病人からを
一挙に始末しちまえってのがこの謎のウイルスちゃんって奴か。
あなたの言うその陰謀論がだんだん洒落にならなくなってきてるけどね。
ワクチンはあるのよ、って言ってたわよ。
このコロナを作り出したボストンのなんとかさんが、
既にワクチンも用意しているんだって。
寅吉がペン子が感染しねえってのがなによりの証拠。
そのうち民主党の候補がみんな感染したら凄いわよね。
あの爺いどもが罹らないってのもすべて同じ穴の狢。
大統領選からなにからがすべて出来レースってことなんだろうな。
コロナ感染が正直者の証明なんて酷い世の中よね。
いったい誰がそんな世界を望んでいるのやら。
0.01%の人たちじゃない?つまるところ。雲の上の人たち。
舐められたもんだよな、人類も。
ただ、なにはなくとも生き延びることだよ。
そして生き延びた上で、俺たちは俺たちで思い切り楽しく暮らす。
貧乏人にできることはそれだけさ。
お金も無いのに楽しく暮らせるの?
お金がないのに楽しく暮らせる方法を考えだすのが俺たちの指名だろうが。
アートっていうのはその為にあるんだからよ。
だからこそ、世の中にはアーティストが必要なんだよ。
おい、小銭持ってるか?
小銭?1ドル札ならあるけど。
おい、ブーくん、この1ドル、
あそこでペット吹いてる兄ちゃんに渡して来い。
なにこの曲。
クリフォード・ブラウン。ジョイ・スプリング。
春と言えばクリフォード・ブラウンだろが。
そう、判っている奴はいるんだよ。
ニューヨークって街はさ、
金持ちは金持ちで好きなことやっているんだろうが、
貧乏人は貧乏人で、思い切り好きなことやって暮らせる、
そういう街なんだよ。
そんなまつろわぬアーティストたちが、
思い切り楽しくやって、金持ちどもをうらやましがらせる、
それでこそのアートだろ、それでこそのアーティストだろ。

本来、幸せになるのに金なんて要らねえんだ。
幸せが、アートが、金でなんて計られちゃいけないんだよ。
貧乏でも味わえる喜びがある。
無産だからこそ楽しめる人生もある。
ただそのためには、
アートを理解するために、ちょっとした知性が必要になる。
その知性こそが、貧乏人の唯一の財産。
それが貧乏人のプライドって奴。
武士は食わねど高楊枝。
アーティストはゴミ食いながら思い切り幸せそうに生きる。
だって俺たち、好きなことやってるんだから。
貧乏人にできるのはそれだけさ。
だからこそ、なにがあっても意地でも幸せそうなツラを続けてやる、
それ以外に俺たちにできることなんてねえんだからさ。

そして春のセントラルパークに響くクリフォード・ブラウン。
その遊歩道には、非常事態宣言の外出禁止の非常事態宣言を尻目に、
スケボーのガキどもがガラガラと飛び回り、
スカートの裾を広げた女の子たちがくるくるとまわり続け、
芝生の上では気の早いビキニのねえちゃんが白トドのように連なっては、
そしてどこもかしこも犬いぬイヌ、思い切り幸せそうな笑顔を発散させては、
テニスボールを、フリスビーを追っては走り回っている。

幸せは与えられるものじゃない。
幸せは作り出すもの、あるいは、見つけ出すもの。
このコロナ災禍のドツボの底でも、
ちょっとした気の持ちよう、その視線の転換ひとつで、
それを見つけ出すのは、ごくごく簡単なことなのだから。


   「越す事のならぬ世が住みにくければ、
住みにくいところをどれほどか、
寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い」 



コロナだ?大恐慌だ?知ったことか。
俺たちは幸せにやってやる。
意地でもやせ我慢でも、能天気にも幸せそうなツラを貫いてやる。
なにがあっても、なにがなくても。
99.9%のルーザーたちにできるのは、それだけだ。
そして、それだけで十分なのだ。





という訳で、自宅謹慎の、じゃなかった、そう自宅勤務のニューヨーク。

かねてから、仕事とはなんぞや。
仕事とは、会社に行くこと、と見つけたり。
ってことは?
ってことは、なにをしても、なにもしなくても、
とりあえずは会社に来ていれば給料が貰える、
そんなアバウトな教育を受けた昭和世代の俺としては、
自宅勤務、という公私が曖昧な職務形態にはからっきし適応力がなく、
つまりは、そう、会社では働く自分、
そして家に帰ったらベビーメタル、
その切り分けが棲み分けが、できるか?
できるはずねえじゃねえか、と。

という訳で、帰宅と同時にいちおうセットした仕事用LAPTOP。
やれ、ネットへの接続だ、VPNだ、メールだ、共有フォルダーだ、
とそれなりの準備を続けながら、
ふとみればそのすぐ隣り、
個人用PCのモニターにベビーメタル。
あのなあ、こんなで状況で仕事に身が入る訳もない。





別に仕事が嫌いな訳でもないのだが、
では、仕事とベビーメタル、どちらが好き?
と問われた時・・
その奇天烈な選択が、いままさにこの自宅勤務の現実を襲ってくる訳だ。

という訳で、
さっきからの夜逃げ準備で丸つぶれになった金曜午後の残務処理、
いちおう形だけでも資料ばかりを広げては見たものの、
いやはや、こんな糞動画(SuMoa ♡ Moments) なんてものにばっかりに目が行って、まったく進まねえじゃねえかよ、と。

おいおい、
ベビーメタルのこの私的極楽を前にして、
仕事というこの不愉快極まる公的責務、
その天使と悪魔が同じ机の上で渾然一体、
それはまさに悪夢にも等しい倒錯の断面・・・

ああ、やられたなあ、と思わず。
この自宅勤務、まさに苦行に等しい。








前回の失業時には図書館という駆け込み寺があったのだが、
今回はそれも利用することができず、
右に左に前に後ろにベビーメタル、
そんな俺様の城にあって、いったいどのツラ下げて仕事なんてできようものか・・

仕事とベビーメタル、どちらを取るか・・
その究極の選択に、その公私が混沌とした倒錯の底、
これでもか、と七転八倒を繰り返すことになるであろう。

糞ったれ、気分転換に犬の散歩にでも行ってくるか・・


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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