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コロナの時代の愛 その拾七 ~ トレーダー・ジョー決死隊 コロナの時代の買い物事情

Posted by 高見鈴虫 on 10.2020 コロナの時代の愛   0 comments

土砂降りの雨の中を立ち尽くすばかりの、
ここアッパーウエストサイドの西72丁目の交差点。
遅々として進まぬ2メートル間隔の行列の間を、
雨脚は強くなり弱くなり、
路面に弾けた雨粒が舞い上がってはうねりを以て波打っては舞い上がる。
そして、休むこと無く苛まれるこの腰痛に呻きながらも、
俺は待つ、待ち続けるこのアッパーウエストサイドの西72丁目の交差点、
駅前のスーパーマーケット:トレーダー・ジョーの前。

頑張れ、負けるものか。
この悪天候こそが、この悪条件こそが唯一絶対の好機。
今日という日を逃しては、
この朝からの暴風雨という絶好の機会を逸しては、
肉を野菜を、そして、この暴挙の本来の目的であるところの我が駄犬の待ち望む魔法のトリート、 オーガニック・チキンスティックを手に入れることはできない。
この朝からの暴風雨こそが、その願ってもない絶好のチャンス。
この日を逃しては、
この試練に耐え抜かない限り、
それを手に入れることはできないのである。

そしてぐっしょりと雨を吸った外套の間から、
じわじわと浸透を初めた雨が下着にさえも染み渡り、
吹きすさぶ風に体温のすべてを奪い去られては、
背筋を駆け抜ける寒気に身震いするたびに、
同時に走り抜ける腰痛に呻いては、
思わずその雨の流れる舗道に倒れ込みそうに成りながらも、
あと、10人、あと、9人、
目と鼻の先にあるトレーダージョーの入り口まで、
果たしていったいどれだけの時間を要するのだろうか。

このコロナの非常事態のロックダウン、
そしてソーシャルディスタンシング。
日頃から日参している駅前のスーパーマーケットにおいても、
その人員削減の入場制限、
その店内に入店できる人数を厳しく制限しては、
午前8時開店のその一時間以上前から、
そして午後6時の閉店のそのギリギリのぎりぎりまで、
この安売りスーパーマーケット:トレーダージョーの前にには、
黒山の人だかり、どころか、そのソーシャルディスタンスの御触通り、
各人のその間隔制限である2メートルごとに保った疎らな行列が、
角を曲がり、そのストリートの果ての果てから、その信号の向こうまで、
それはまさに、あのベビーメタルのターミナル5公演での行列さながらに、
その永遠と連なる買い物客の行列。
その入店までに、一時間待ち、二時間待ちはあたりまえ、
その苦行をおいても、人々は待ち続ける。待って待って待ち続ける、
この安売りスーパーマーケット:トレーダージョーの前。

そんな事情から、朝一番の開店間際にと狙って見れば、
いえいえ朝一番はシニア層限定のサービス時間でございますと慇懃無礼な門前払い。
そして見ればシニア層の行列とはまた別に作られた長蛇の列。
その開店時間の遥か以前からから永遠と並び続けない限り、
たかが買い物が一日がかりになりうる、
下手をしてば時間切れで残念でしたと追い返される、
まさに情け無用のトレーダー・ジョー。
これこそがロックダウンのさなかにおける、
ニューヨーカーの買い物事情、その赤裸々な現状なのである。






実はまたまた例によっての犬の事情で恐縮ながら、
このロックダウンの開始されてからこの方、
寝際になってからの習慣であった夜の散歩を
我が家の駄犬が妙に抗い初めては嫌がりはじめたのである。

嘗ては24時間眠らない街であった筈のここニューヨーク・シティが、
このコロナのロックダウンの中にあって、
8時を過ぎて日の暮れると同時に、
そこは墓場さながらに静まり返っては時間の止まった死の世界そのもの。

人影も車の影も失くなった無人の大通り、
そこにあるのは、正体を失くした酔っぱらいと、
そして打ち捨てられてはゴミ同然と化したホームレスたち。

先日からこの方、深夜の地下鉄のサービスを停止しては、
それまでホームレスたちの常宿となっていた地下鉄車内を、
徹底的に消毒しつくすコロナ殲滅作戦、
デブラシオ市長の肝いりであったこの英断が、
しかし、この都市の藻屑であるホームレスたちをいたずらに燻り出しては、
結果として街中がホームレスたちのゴミ捨て場状態。
ともすれば公園の奥に隠れた高速道路下の工事現場の裏の秘密の洞窟が、
数百とも数千とも知れぬホームレスたちの吹き溜まりと化しては、
いつしかコロナのクラスターの最凶の感染源。
それはまさにモグラ叩きさながらに、
あっちを叩けばこっちから顔を出し、
その終わり無い追いかけっ子が続くばかりのコロナ騒動。

そんな奇妙な切迫感に包まれた漆黒の公園。
身の危険も顧みずそこに迂闊な姿を見せるのは、
そんな事情を知りながらも、
止むに止まれぬ犬の散歩に繰り出した筋金入りのドッグラバーたちばかり。
それはまさに、深夜の犬の散歩決死隊、そのもの。

早く、お願いだからさっさとおしっこをうんちを済ませて。
飼い主たちのその願いが逼迫すればするほどに、
犬たちはその不穏な空気に怯えては怖気づいては弱りきっては、
もじもじといたずらにグルグル周りを続けるばかり。

そして我が家の駄犬君も、
おい、さっさとおしっこを済ませてくれ、
そんな俺の苛立ちに嫌気が差したのか、
だったら良いや、とそのまま何もせずに引き返そうとするばかり。
であればおしっこの必要はないのか、
と言えばさに非ず。
深夜を過ぎてからクンクンと鼻を鳴らし始めるか、
そうでもなければ寝たままに気づかぬ内に、
あれ、これ、ここ濡れているの、これもしかしてブーくんのオネショ?
既に老犬の域に入った我が愚犬である。
そんな粗相も責められるものではない。

つまりは寝る前の夜更けお散歩時に、
なんとしても、無理にでもオシッコをしてもらわない訳にはいかない。
それは判っているのだが、それは犬だって承知の上なのであろうが、
この不気味な沈黙に張りつめた深夜の街。
人っ子一人、人影も、行き交う車さえも姿を消したこの時間の止まった街で、
ともすれば信号さえ気にすることなくともすれば人通りさえ気にすることなく、
この大通りのすべてをそのまま遊び場としてくれても良さそうなものを、
ただ、犬は気がついているのである。
この静寂の、この沈黙の、その意味するところの本当の理由を。

という訳で、そんな時の、勇気の元、と言えば、なにはなくともトリートである。
いや、もう帰る、とぐずる犬の鼻先に、だったらこれ、とその大好物のトリート。
すでに及び腰で、足を踏ん張ってはアパートの入口を目指すその犬が、
むむむ、そのトリートを前にして俄な勧進帳。
行くべきか、行かざるべきか、あるいはそのトリートの、おやつの、その誘惑の代償の・・

という訳で、そんな時の必殺の魔法であるとろの、
このトレーダー・ジョーの オーガニック・チキンスティック。

ドッグランでの検証の結果を見るまでもなく
犬というすべての犬属の大好物の中の大好物。
大きいのから小さいのから、
ともすれば、操作不能・問答無用の猛犬の中の猛犬さえもが、
ひとたびこのトレーダー・ジョーの オーガニック・チキンスティックを手にした途端に、
それはまるで夢のように魔法のように自由自在。
はい、おすわり、はいお手、はい、並んで並んで、こちらです。
ともすれば、喧嘩の真っ最中であったピットブルたちが、
むむむむ、なんだこの美味しそうな匂いは!
とたんに、噛み合いをやめて吠え合いをやめて、
喧嘩している同士が頭を並べては、おやつ頂戴、の満面の笑顔。

そしてこの深夜の道すがら、
そこかしこでストライキを起こしてはぐずり続けるた犬たちの目の前で、
ほらこれ、と翳したトレーダー・ジョーのオーガニック・チキンスティック。

あれまあ、と声を上げる飼い主たち。
さあ、こっちこっち、こっちの野原の隅のこのエリアでと誘導すれば、
あら不思議、猫にマタタビ、猛犬にトレーダー・ジョーの オーガニック・チキンスティック。
あっという間にことを済ませては、
お願いお願い、なんでも言う事聞くからもっとそれ頂戴の名犬の誉れ。

という訳で、
請われるままに大判振る舞いを繰り返すうちに、
おっと、なんと、その伝家の宝刀:トレーダー・ジョーのオーガニック・チキンスティックの買い置きが、あっという間に底をついては空っぽ状態。

一日目において、え?おやつはないの?
そのあまりの愕然に呆然とした姿から、
その翌日における、ええええ!?ご褒美、また無いの?なんでなんで、その憤懣やる方なき様子から、
そして三日目、おまえのいうことは、もうなにも信じないからそう思え、その最後通告。
そしてその四日目、おーい、寝る前のお散歩行くぞ、その呼びかけを徹底的に無視しては、
首に縄をかけて引っ張ってもガンとして動かず。

だったら、はい、これ、サーモン・ジャーキーが、
だったらこれ、ほら、レバーが、クッキーが、生ハムが、とやりながら、
そんな模造の代用品には目もくれず、
うんにゃあ、オイラはトレーダー・ジョーの オーガニック・チキンスティック、
それ以外では動きはしない、その決意の硬さ、その意地の頑強さ。
これこそが稀代のハードノーズ:頑固者で鳴らしたブルーヒーラー:オーストラリアン・キャトル・ドッグ、その面目躍如ということなのか・・

という訳で、いやはや困った。困りきった。
なんと言ってもこのトレーダージョーである。
駅前にある安売り専門のこのスーパーマーケット。
それは我が家の目と鼻の先、どころか、日夜の散歩の度にその前を通りかかっては、
しかし、いつ見てもそこに累々と連なる2メートル間隔のその奇妙な行列、
角を曲がってその先のずっと先まで、永遠と続くその飛び石的長蛇の列。
そのソーシャルディスタンスの規程から一時に入店できる人数を極端に制限しては、
その長く続く行列の後ろから、普通に待てば、一時間二時間、
遅々として進まぬその行列を、待って待って待ちくたびれては日が暮れていくばかり。

つい一月ほど前であれば、
日々の買い物そのほとんどすべて。
会社の帰りにあるいは行きがけに、
何の気なしに立ち寄っては、
肉野菜から乳製品。パンからチップスから冷食から缶詰からトイレットペーパーに至るまで、
日々の食材のほとんどを調達してきたこの安売りスーパー、ではあるものの、
そんなアッパーウエスト住人の冷蔵庫代わりであったこの安売りスーパーマーケットが、
このコロナの災禍が始まって以来、それはまさに高嶺の花の未踏の高級食材店へと、
成り代わっていたこの不思議。

いや実は、それがあまりにも人知未踏と成り果てた真の理由とは、
実はこの長い長い行列にあるのではない。
実はと言えば、このコロナの災禍の中にあって、
日々、不要不急の外出を控えては、マスクに手袋に手洗いにうがいに、と自己防衛の限りを尽くして来たその筈が、
たった一度だけの食材調達のお買い物に出かけては、
そこでばっちりコロナに捕まっては感染の憂き目。
そんな感染例を聞けば聞くほど、
この日々の食材調達のスーパーマーケットこそがウイルスの巣窟。
いったいどんな人々がその商品に、
手すりをカートに接触したやも知れず。
この日々の食材調達のスーパーこそが、
コロナウイルスとの戦いの最前線の最前線に他ならず。

そんな事情から食料調達を避け続けては、
ロックダウン直前までに買いためて置いた非常用食料、
米からカップラーメンから缶詰からパスタからの保存食だけでなんとか食いつないでは来たものの、
やはりやはり、本心はと言えば、
食べたい食べたい食べたい、その一ヶ月前までの一般食。
ピザからハンバーガーから生野菜から果物からヨーグルトからチーズから
チョコレート・ブラウニーからポテトチップスからアイスクリームから、
そしてなにより夢を見るまでに恋い焦がれていたのは、
あの熱々じゅうじゅうのリブアイステーキ。
ここトレーダージョーの目玉製品でもあるあの農場直送の新鮮な牛肉。
オーガニック・グラスフェッドのリブアイステーキが、
スリッパ大のとてもひとりでは喰いきれないほどの大きさで高々10ドル前後。
以前であれば土曜日の朝、
犬の散歩から帰っては調達したリブアイステーキ、熱々のフライパンの中に放り込んで、
強火で片面焼きで半分まで、
その後にひっくり返しては30秒待って火を止めて、
後は蓋をして待つこと3分。
たったそれだけで高級ステーキ専門店さながらの絶品のステーキにありつける、
ああ、たかがトレーダー・ジョー、
されどもトレーダージョー。
例えどれだけのリスクを犯しても、食べたい、ああもう一度食べたいあのリブアイ・ステーキ。

という訳で、狙い目は朝一番。
その感染元であろう一般客の入店の前、
早朝のシニア・スペシャル時間の過ぎた開店直後であれば、
少なくともそれほどまでにウイルスが拡散し付着している可能性も低いはず。
であるのだが、すでにそれを見越した客たちが、開店時間の遥か前から並びに並んでは、
シニア向け時間の終わった時点では既にその行列は地平線の彼方。
であれば、そこは地の利を生かしての天気待ち。
遠方からの一般客であれば敬遠するであろうその悪天候の日を狙っては、
というのがその作戦であった筈なのだが・・

そして待ちに待ったその嵐の朝。
夜明けの前からゲリラ豪雨にも近い暴風雨が吹き荒れる中、
犬の散歩を早々に済ませては、その外出用の外套の上から、
雨具用のポンチョとゴーグルのそして手袋だけは二枚重ね三枚重ね。
それはまさにあのチェルノブイリの中で描かれていた決死隊部隊。
炉心部に溜まった冷却水が水蒸気爆発を誘発しては広域汚染となる大災害を防ぐため、
十中八九生きる希望の無いその特攻的使命を請け負ったチェルノブイリ決死隊の三名。
そこはまさに高濃度の放射能に溢れる人類未踏の死の世界。

これから向かうトレーダージョーこそは、このコロナのロックダウンが始まって以来、
最も感染リスクの高い最高レベルの危険地帯。
一つでも気を許してはちょっとした間違いを犯しただけで、
これまでの苦労のすべてが無駄になってはコロナ地獄へ向けて真っ逆さまとなる、
その最恐最凶のリスク。

大丈夫?と妻。
いや判らない。
ただ、これまでの犬の散歩の外出に比べれば、
あのトレーダージョーの内部こそはウイルス蔓延のホットスポット。
つい先日も、他店に置いての感染が報告されてはロックダウンされたばかり。
この雨の中、それほどの来客があるとも思えずその分は感染のリスクは少ない筈。
それと同時にこの土砂降りの雨だ。
コロナウイルスがこの雨に流されて洗浄効果というのがあるかも知れないが、
逆に言えば雨に流されたコロナ菌がそのまま雨に溶けては内部に浸透するという危険もあるのか。
いずれにしろ、買い物ひとつがまさに命がけである。
必要なものだけ買って、さっさと帰ってくるのよ、と妻。
中に長居すればするだけ感染のリスクが高まるのだから。
どうせだったらわたしも行こうか?
いや、と押し止める。そんなリスクに妻を晒すわけには行かあらない。
この買物は、このウイルス最前線への買物こそは男の仕事であるべきなのだ。
では、トレーダージョー決死隊、行ってくるぞと勇ましく。

という訳でその当初の目論見通り、
通常であれば西72丁目から伸びて伸びてその次のブロックの向こうの交差点、
その先ぐらいにまでは伸びているのが普通であるはずのこのトレーダージョーの行列が、
この暴風雨の中とあっては、流石にその半分ぐらいの人数で済んではいるものの、
それと同時に、内部で働く店員の人数も少ないのであろう、
行列の長さは短いなれどその代わりにその待ち時間、
土砂降りの雨の中を待って待って待ち続けても、
いつまで経ってもその列が遅々としてまったく進まず。

その二メートル先に並んだラテン系のお姉さんは、なにを間違えた方スエット一枚。
用意してきた傘もあっという間におしゃかにされては放り出し、
いまとなっては髪の先か水道の蛇口のように水滴を流しながら、
頭の先からそしてつま先までぐしょ濡れのぐしょ濡れとなっては犬の様にガタガタと震えるばかり。

その隣のアジア系の美女。
その自慢のカナディアン・グースのダウンジャケットがこれでもかと水を吸ってはヘナヘナのペタペタ。
洗濯機に叩き込んでしまったかのような自慢の最高級ダウンが台無しである。

そして俺はと言えば、被ったフードのひさしの先から
次々と垂れる雨粒がそのまま顔を伝い顎を伝い、
二重三重に着込んだ筈のその内部のTシャツにまで広がってはみるみると体温を奪われていく。
寒い、そしてなにより、腰が痛い。
こうして立ち続ける中を、俄に広がり初めたその腰の疼痛がいまとなっては呼吸につれてキリキリと痛みだし、
ともすればその突風に煽られてよろめく度に思わず呻きが漏れるほどの激痛が走る。

ああ、これは失敗であったかもしれない、あまりにも無謀すぎたかも知れない。
果たして俺は何のためにこの苦行を試練を続けているのか。
オーガニックのベイビー・スピナッチのサラダであれば、
ちょっと高いがそこのフェアウェイでも買える筈。
豆乳もヨーグルともチョコレート・ブラウニーであってもそれは同じこと。
であれば、と思う。
つまりはリブアイステーキ。
オーガニックのグラスフェッドの霜降りのリブアイステーキが15オンスでも10ドル足らず。
これは、これだけは、やはり全米チェーンの安売り大手だからこそ可能な安値。
だがしかし、と改めてと思う。
この雨に叩かれて一時間二時間、それによって風邪を引いてはコロナを誘発し、
或いはこの先の店内、そこにおいてバッチリ大当たりにコロナ菌を引き当てる、
そんなリスクを犯してでも、食べたいか、食べたいのかあのリブアイステーキが。

いや、ここまで来たら、とその限界に近づいた西72丁目の交差点。
ここまで来たら、肉や野菜は、或いはその値段が、という次元の問題ではない。

そう、俺が雨風に叩かれながらここに立っているその理由。
つまりは、トレーダー・ジョーのオーガニック・チキンスティック。
それを待ち続ける、あの犬、あの駄犬の存在があってこそなのだ。

雨が何だ風がなんだ、コロナがなんだ、この腰痛ごときがなんたるものか。
あの犬、あの犬の喜ぶ姿が見られるのであれば、
こんな苦労ががいったいなんだというのだ。

というわけで、この暴風雨の中を待って待って待ち続けて小一時間。
いまやすっかりと全身がぐしょ濡れのボロ雑巾状態。
いつしかスウェットのラテン美女は早々と退散し、
そしてアジア系のダウンコートの君も渋々と引き上げた後、
さあ、いまや目前にしたトレーダージョーの入り口、
勝利は近い、あと1,2,3,4,5人を残すのみ。

その行列の中をふと見ればユダヤ系の中年夫婦。
その妙に際立ったデザインの布製のマスク。
見れば日本の和手拭でお揃いのマスクを作っては、
その斬新のデザインが会心の出来栄えである。

そうか、日本手拭でマスクを作ったのか。
なかなか、イケてるじゃないか。
雨風が弱まるのを待っては、ねえそれ、ジャパニーズ・タオルじゃないのか?と声をかければ、
YES、NIHON TENUGUI とその正式名称で答えるとは、なかなか粋な野郎たちである。
やはりニューヨーカーなのだ。
どれだけの災禍に見舞われようとも、そこはやはり、どうしてものニューヨーカーなのである。

そしてあと二人を残すまで、と勝利を目前とした時になって、
突如としてこの雨の中を、傘もささず、マスクさえしないままに出現した長身の黒人がひとり。
行列の人々など脇目も振らず、その入口からなんのためらいもなく、
係員の目の前をすり抜けてはまさかまさかの強行突破。
あれ、なんだよあれ。横入り・・
あっ、スミマセン、と入り口の係員。
マスクをしない方のご来店は・・その声に、これみよがしに中指を一本二本。
あっという間に、エスカレーターの向こうへと消えていってしまうこの目に余る暴挙。

これだから、と思わず。これだからコクジンは嫌われるのである。

その人種差別の被害者の、貧困の、不平等の、といくらいったところで、
これをやってしまっては、やはりどうあっても、
この人達のためになにかしてやろうとは、誰も思わないに違いない。

勝手にしてくれ、と思う。
コクジンはコクジンで勝手にやってくれ。
君たちが社会規則を屁とも思わないように、
君たちがどうなろうが俺たちは屁とも思わない。
このコロナの災禍の中、自分の身を守るだけで精一杯なのだ。
ともすれば、一瞬のうちに社会秩序のすべてが一瞬で瓦解するその危機の中にあって、

おっと、そのマスク、凄くかっこいいね、と称え合う人々も居れば、
そんな行列をものともせずに自分勝手に自分の欲望だけを押し通す、
それはそれ、それもそれ。
ただ、敢えて言わせて頂く。
その無法が、その無頼が、その傍若無人こそが、
黒人種だけずば抜けてコロナの被害が甚大となった、
その大きな理由なのではないのか。

そう言えば、このロックダウンが始まって間もない頃、
ブルックリンに住む古きバンドマン仲間のひとりから連絡を貰った。

おい、パーティがあるんだが遊びに来ないか?

遊びにって、おまえ、とその能天気さに思わず唖然とする。
このコロナのロックダウンでライブハウスもジャズバーもクラブもシアターも、
その閉鎖中のステージからスタジオからが、
コロナの災禍の特価セールで無料開放中であるらしい。

おいおい、そんなことやってて、クラスターは大丈夫なのかよ。

クラスター、なんのことだ?と。
あのなあ、おまえ、徹底的に新聞もニュースも見てないんだな。

なあに、大丈夫さ、とその友人。
コロナは黒人には罹らないんだよ、と。

なぜかと言えばその根拠、
つまりは、アフリカでの感染が拡大されていないだろ?
ってことは、黒人にこのコロナには感染しないってことなのさ、と。

そう言えば、似たような論説を聞いたことがある。
つまりは、あのBCG不死身伝説。
日本で接種されたあのBCGが、どういう訳だがこのコロナに対する、
絶対保護シールドになっている、というこの耳寄り情報。
ついでに言えば、ロシア:旧ソビエトと、
そして、ブラジル、そして、カナダも、旧東ドイツも、
コロナには無敵、ということにもなりうる、と。

この国別の感染率の差には実はそんなカラクリがあったのさ、と。

だからさ、と友人。
だから少なくとも、俺たち黒人と、
そして、日本人はコロナには大丈夫なのさ。

この無様なパニックに便乗しては棚からぼた餅、
その恩恵の特権を独り占めにするってのも悪くはねえだろう、と。

ただ・・ふと、浮かんだその疑惑。
だた、このコロナに不死身の耳寄り情報、
その出処の、その情報発信元が、果たして誰なのか・・

コクジンはコロナに罹らない?
誰がそんなことを喧伝しているのか、と、
その信憑性にふと嫌な予感がして調べてみた途端・・
おい、おいおいおい、ヤバいぞ、徹底的にヤバいぞそれ、と。

これ、この黒人には感染しない、と吹聴している奴等、
その出処をたどれば辿るほどに、FOX系列、
そして、寅吉サポーターのレイシスト軍団、
あの「Q」の連中じゃねえか。

思わずその邪悪なカラクリにぞっとする。

ヤバいぞこれ、この「黒人不死身説」
その、酔狂な耳寄りな喧伝に隠されたその邪悪な真意。

こいつら、この筋金入りのKKKの狂人ども。
真面目の真面目に、そんなデマを吹聴しては、
黒人のジェノサイドを画策しているんじゃねえのか?

嘘だ、嘘だぞ、これはすべて、デマのHOAXだぞ。
死ぬぞ、そんなことをやっていたら、
お前らみんな、とんでもないことになるぞ・・

そんな俺の懸念を他所に、
今晩のパーティ、ことによるとあの、なんちゃらが、なんちゃらが、なんちゃらが、
そんな錚々たる伝説的なアーティトたちが顔を見せるかも知れず、
そんな噂に狂騒を続ける幼気なコクジンたち。

オマエら、まずいぞ、まじで、
まずいぞ、殺されるぞ、抹殺されるぞ、抹消されるぞ・・

という訳で、その僅か一週間後二週間後、
それまで、感染が皆無とまでされていた黒人不死身伝説、
そのすべてが覆っては、病院と言う病院のその裏口の冷凍トラックの中には、
黒人、黒人、黒人、ばかりの屍の山。

このコロナ被害の人種的格差のその裏側には、
実はそんな邪悪なデマの策略が、踊っていたのである。

コロナを軽視する、その全てが、邪悪な罠だ。

それだけが、コロナの世界の唯一の真実。
刻一刻と、その辛辣な事実を、現実が証明していくのである。

とそんなことを思いながら、
であれば、と思わず。
であれば、そのコロナ感染への無謀な挑戦。
その最大のホットスポットであるところのスーパーマーケット。
それこそが、愚行の更に上を行く愚行の極なのではあるまいか・・

思わずその不穏な予感に震えては、
いや、もう、帰ろう、すぐに帰ろう、と思ったその矢先、

はい、次の方、お待たせしました、はいどうぞ。
そんな声に促されるまま流されるまま。

さあ待ちに待ったその入店である。
コロナの最前線、その炉心部のホットスポットのホットスポット。

まずはエスカレーター、その手すりには決して触れないこと。
そしてその最大の危険は、そのショッピングカートの手すり、
であるはずが、おっと!触っていた、既に触っていたその最恐の感染部分。
いや大丈夫だ。この二重三重の手袋がある限り。

そしてまずは乳製品。豆乳からアーモンドミルクからヨーグルトから。
だがその目についた一番前の商品には敢えて手を出さず、
その陳列の奥の奥の一番奥からほじくり出してはひとつひとつ。

そして、生野菜。
おい、おばちゃん、いつまで同じところをみているのだ。
早くさっさと買うものを買ってその場を譲ってくれ。
だがしかしそのおばさん、多分、朝からすっかり酔っ払っているのであろう、
いつまで立ってもレタスかケールかほうれん草か、
その間を行ったり来たり。
えーい、ままよ、と押しのけそうになる。
いやいやいや、その無駄な接触こそがコロナ感染の最大リスク。
待て、待つことだ、この戦いはその忍耐力こそが最大の武器。

店内は空いている。空いているどころかガラガラである。
ソーシャルディスタンスとはいいながら、
これだけの売り場面積の中でたったこれだけの客数に抑える、
その必要が果たしてあるのだろうか。

そして野菜の前で待って待って待って、
その間にIPHONEに認めた買い物リスト。
おっとこのIPHONE、手袋を外さなければ操作できないではないか。
そう、先日もYOUTUBEで見たばかり。
ふとした感染のリスク、その最大の懸念点が、IPHONEにある、と。
IPHONEを操作するために外した手袋、
そのちょっとしたすきに手を触れてしまったもの、
それこそがコロナ感染の最大のリスクになる、と。

わざわざそのリスクを犯して手袋を取り去るよりは、もう良い。
買い物リストはとりあえず良い。
とりあえずは今思いつく限りで必要なものだけをゲットして。
そのプライオリティの1番上から順々に回っていくべきなのだ。
であれば、野菜なんぞは二の次三の次。
まずは、この無謀な挑戦のその第一目的であったブーくんのおやつ、
オーガニック・チキンスティックこそが最大の目的であろう。

という訳で、取りも直さず地下二階の隅のまた隅っこの、
業務用エレベーターのその脇のペット用品売り場。
まずはそこへと直行するべきなのだ。

ただ、忘れるな、この瞬間に、いまこのこそが、コロナ感染の最大のリスク。
そのホットスポットの炉心部に居る、という事実。
必要最低限の必要物だけをかき集めては、一時も早くこの場所を抜け出すべきなのだ。

という訳で、野菜もチーズもかっ飛ばしては、地下二階のペット用品売り場。
その人影も疎ら無い一角に辿り着いては、あった、あったぞブーくん、君の求めるその逸品。
オーガニック・チキンスティック、それを五袋十袋と鷲掴みに抱え込んでは、
数も数えずにショッピングカートに叩き込み、
としていたところ、後ろからふと、人影が覆いかぶさる。
なんだなんだなんだ、オマエは。
それはコクジンであった。その身の丈6フィートは下らない長身のコクジン。
フードの中から、おい、と野太い声が響く
それ、その、オーガニック・チキンスティック、
それ、オマエの犬も、それをそんなに好きなのか?
それはまさしく、あの横入りのコクジンであった。
こいつ、なにかと思えばこんなところで。
ああ、うちの犬はこいつがないとまったく俺の言うことを聞いてくれない。
これがあれば、聞いてくれるのか?
ああ、これは魔法のトリートだ。どんな犬もこれがあれば自由自在。
そうか、やっぱりそうか、と頷きながら、
ホラよ、といきなり目の前に翳されたIPHONE。
ものの見事に猛犬ヅラをした茶色のピットブルが、
これでもかと満面の笑みでカメラにむしゃぶりついている。
うちの奴も、こいつがなくてはまったくコントロール不能だ。
こいつを探して街中のトレーダー・ジョーを駆けずり回って来たんだぜ。
そう言うが早いかその不遜なコクジン、
俺が取り去った後のその棚から、残りのパッケージのそのすべてを、
両手をつかってバサバサとショッピングカートに落とし込んでは、
オマエ、転売でもするつもりかよ、と。
悪く思うなよ、とそのコクジン。
オレも朝から、14丁目からフラットアイアンからハーレムから、
ここで四件目で、漸く見つけたんだぜ。
オマエの不遜な横入りの理由はこの犬のおやつ、
オーガニック・チキンスティックだったのかよ。
ああ、これだけ買えればもう用はねえ。
こんなコロナのホットスポット、
さっさとずらかるに越したことはねえからな。
とそんな時、ふと鉢合わせをしたあの日本手拭のマスクをしたユダヤ人の夫婦。
あれえ、といきなり悲鳴をあげては、
あああ、もう無い、もう売り切れている、と呆然と立ち尽くすばかり。
え?もしかして、
そう、オーガニック・チキンスティック。
ああ、雨の中を並んでこれを買いに来たのに、といまにも泣き崩れそうである。
とそんな会話を聞きつけたあの不遜な横入りコクジン。
ちぇ、しょうがないな、と引き返してくれば、
テン?十で良いのか?と自身の籠の中からぶっきらぼうに掴み上げたパッケージ。
それをバサリと手拭夫妻のカートの中に放り投げては、じゃな、と。
あらまあ、なんなのあの人と顔を見合わせながら。

というわけで、漸く手に入ったこのオーガニック・チキンスティック。
ピットブルであろうがチワワであろうがオーストラリアン・キャトル・ドッグであろうが、
犬と言う犬のすべてがこのトリートが大好物であるように
コクジンであろうがユダヤ人であろうが日本人であろうが、
ドッグラバーの考えていることと言ったら同じこと。
土砂降りの雨の中を並んで並んで、
或いはともすればコロナ最大のホットスポットの地下鉄を乗り継いでは
トレーダージョーのオーガニック・チキンスティック、
どんなリスクを犯しても我が犬を喜ばせたい、
その気持ちに変わりはないのである。

という訳で、その目的であったプライオリティリストの一番目をクリアした途端、
まるで嘘の様に魔が落ちては余裕のヨの字。
この後の買い物はすべて余分だとばかりに、
霜降りの最高部分のリブアイステーキの極上の一切れを厳選に厳選を重ねては、
アップルウッド・スモークド・ベーコンから鳥の笹身から豚のひき肉からしゃぶしゃぶ用牛肉から、
地中海シーフード・シチューからサーモンステーキから舌平目のフィレから、
フレンチスタイルの薄焼きピザからポーク餃子からインドカレー各種、
チョコレート・ブラウニーからポテトチップスから豆乳からアーモンドミルクから、
卵からきゅうりからマッシュルームからベイビー・スピナッチからシーザーサラダのお徳用盛り合わせから、
ふとする内に両手に大袋を2つづつの大人買い。
いったいこんな大荷物、ひとりでどうやって運べば良いのか、
途方に来れながら店外に転がりでてみれば、
いつの間にか雨も上がってはすべてがすべて洗い流された街角。
見ればその入店待ちの行列が、信号の角を曲がってはその向こうの向こうのブロックの先の先まで。

そんな行列の人々からの羨望の眼差しにさらされながら、
えっさほいさと重い荷物をぶら下げて歩きながら、
くっそう、ここに来てまたまた腰痛がぶり返しては、
一歩進むごとに激痛に身を捩ってはうめき声をあげ。
とそんな時、その行列の中から、あっと声を響かせた顔見知りの犬仲間。
このコロナの期間中のコロナ・フォスターのお兄さん。
コロナのロックダウンで破綻に直面した捨て犬シェルターから、
このコロナの期間中だけでもお助けヘルプのその要請に応じては、
行く宛の無かった問題児たちをフォスターした救犬の勇士のそのひとり。
ただ、迎え入れたばかりのそのピットブル。
これがまたまた、聞きしに勝る問題児。
あっちは行かない、そっちも行かないと踏ん張られては、
道行く犬と言う犬のそのすべてに喧嘩をふっかけては大暴れ。
途方に暮れては頭を抱えていたところを、
ほら、これ、と差し出した伝家の宝刀:オーガニック・チキンスティック。
はい、おすわり、はい、お手、はい、良い子良い子、よく出来ました、とやる俺を前に、
おいおい、あれまあ、まるで魔法を見るようじゃねえか、と唖然呆然していたあのお兄さん。
そうそう、あんたに言われてからそのオーガニック・チキンスティック、
早速オレもそれを買いに来たところなんだぜ、と。
あれまあ、悪いがこれもう既に売り切れてたよ、
変なコクジンの兄ちゃんがみんな買い占めちゃってさ。
ええ、嘘だろ、オレは雨の中をずっと待っていたのに・・
という訳で、だったら、と、俺の買った中からお裾分けとその一袋二袋。
おいおい、そうかよ、だったらわざわざ行列に並ぶこともないぜ、と。
だったらそのお礼に、その荷物、半分持つぜ、とそぞろ歩きの雨上がりの街。
コロナの災禍、持ちつ持たれつの二人三脚。
という訳で、じゃな、また公園で、と別れたアパートの前、
これありがとな、と頭上に高く投げ上げたオーガニック・チキンスティック。
雨上がりの空の青さがやけに目にしみるコロナの五月。
なにはともあれ、この世の犬のすべてが幸せでありますように、
俺達が望むのはそれだけだ、と。

という訳で、コロコロコロナのロックダウンの最中、
トレーダージョー決死隊、そのウイルス感染のホットスポットへの潜入行。
その最後の仕上げにと待ち構えていたマスクに手袋の完全防備のかみさんと二人、
玄関の前で除菌スプレーから除菌シートからを総動員しては、
その買い物のひとつひとつを入念に殺菌しては冷蔵庫に放り込み。
そして漸く昼を過ぎて一段落。
熱々のフライパンの上でぴちぴちと油を弾かせるリブアイステーキと、
山盛りのサラダにクロワッサンとブルーベリー入りのアイスクリーム。
その足元では、もっともっと、チキンスティック頂戴、と飛び跳ねる我が駄犬。
久々に缶詰食から開放されての一日だけの大盤振る舞いのスーパー・パワーランチ。
雨上がりの日差しの差し込むリビングルームで、
犬も人間も幸せ一杯の午後の一時。
さあ、これを食べたら腹ごなしにさっそく散歩にでかけるとしよう。
そんなさりげなくも何気ない生活の断面のひとつひとつの、
そのさり気なくも何気ない幸せを噛みしめる、コロナの午後なのでありました。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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