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ニューヨークのジミヘン

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 ニューヨーク徒然
ニューヨークの街角に、
ちょっと顔の知れたジミヘンがいる。

黒いフェルトの帽子にサイケシャツというスタイルの痩せた黒人で、
擦り切れたストラトに玩具のようなミニアンプをつなぎ、
マンハッタンの街角に立ってジミヘン、のようなものを弾く。

おっジミヘンだ、と誰かが笑う。
お、ほんとだ。まだ居たんだ。
すごいな、まだやってるなんてな。
やっぱ、継続は力かな。
いや、でもなんか、あんまり「力」は付いてないようだけど。

このジミヘンがニューヨークでちょっと顔が知れたのは、
そのテクニックからでも、パフォーマンスからでも、ましてや才能からでもない。

ひとえに、下手であったからだ。

どこかで聴いたようなリフに合わせ、ギターをかき鳴らすのだが、
その演奏はと云えば、正直に云えば全然めちゃくちゃである。

チューニングはハズれコードも適当、不協和音というよりは、
ただのミスであって、これでは音にもなににもならない。

その滅茶苦茶なギターが、彼のスタイル、
あるいは、彼のジミヘンの解釈と言われればそれまでなのだが、
本来のジミヘンがかなりキワモノ的であった分、
このジミヘンもどきのこの無茶苦茶な下手さは、
ジミヘンのキワモノ的なものをキワモノ、つまりは極めた者、
と理解している俺のような隠れジミヘン・マニアにとっては、
かなり辛いもの、というか、
てめえ、ふざけてるんじゃねえ、と蹴りをくれたくなるような、
そんな誤解というよりも、完全な勘違い、
その途方も無いほどの冒涜に、つくづく悲しくなってきたりもする。

多分知恵足らずなんだろう、と俺は思っていた。
ジミヘンどころか、普通にしても下手すぎた。
まず彼は、普通の意味でのコードを知っているようには思えない。
ピッキングもスケールも知らない、と思う。
コードも知らずに適当に弦の上に指を置いてコインのピックで引っ掻くだけ。
トレモロもワウペダルもなしに、チョーキングだけであのウワウワを出そう、
というのも無理な話。
と言うことは、
多分彼は、ギター、あるいは、コード、
そして、エフェクターの基礎知識さえも
まったくの無知、であるに違いない。

がしかし、
かのジミヘンにしたって、右利き用のギターを左手で引いたり、
アンプのつなぎ方を間違えてハウった音を効果音として使い始めたり、
とかなり常識から逸脱した人であったそうであるから、
このニューヨークのジミヘンの、そんな徹底的な無知さ、あるいは、ド下手さも、
ジミヘン的と云えばジミヘン的と言えないこともない、のかもな、とも思っていた。

つまり、
どんな方法であっても、とりあえず信じた道をひたすらに突き進めば、
数年も経つうちにそれなりにそれなりの道、とまで行かなくても、
まあ、形というか、スタイルというか、を、
見出すことができるのではないか、
という未知数に対する期待である。

という訳で、このニューヨークのジミヘンのキャリアな訳だが、
俺がそんなジミヘンを最初に見かけたのは、
実に俺がこの街に辿り着いたばかりの頃。

その時には彼は、
コードの存在、どころか、
アンプのつなぎ方さえ知らなかったぐらいで、

どこで見つけてきたのか、ホームレスのガキが、
拾ったか、あるいは、盗んだエレキギターを首から下げてみました、
とまさにそんな感じで、その姿、
その辺りのサンドイッチマンと対して変わらない。

タイムズスクエアの雑踏のその端っこのすみっこで、
音の出ないストラトをただかき鳴らす真似をしている、
というよりも音が出なかったので、
伴奏なしのエアー・ギターな訳だが、
そんなパフォーマンスを、誰に気づかれるでもなく、
そしてみるからに見るからに恐る恐る、という感じで
初めていたのだ。

それ以来、ニューヨークの街頭の実に様々なところで彼を見かけてきた。

タイムズスクエアかと思えばセント・マークスで、
ビレッジかと思えばワシントン・スクエアで、
42丁目の地下鉄のフォームで。
その神出鬼没さもさるものながら、
あれから幾年月、
そのキャリアの長さも相当なもの。

あれ、そう言えば最近、あのジミヘン見ないね、と誰かがもそりと言う。

当然、知っている人はゲラゲラと笑う。
見なくてもいいけどね。
まあ確かに。
でも彼も長いよね。
ああ、長い長い。俺が最初に見たのは確か・・・

という訳で、
ニューヨークの街角のちょっと顔の知れたジミヘン。

さすがに俺も、余程の用がないかぎりは、
観光客でごった返すエリアには出かけることもなくなって、
そんな訳で、人ごみ相手の大道芸人、あるいは、ミュージシャンの姿そのものを
見かける機会も減っていたのだが、

そういえばさ、すっげえ下手くそな、
そう、知恵足らずみたいに下手なジミヘンいたよね。

ああ、いたいた。あいつ今頃どうなってるかな。

だって、毎日毎日、一日中ギター弾いてる訳だろ?
あのまま続けていたら、とりあえず、一角、とは言わなくても、
まあそれなりに、少なくともちょっとはそれらしく、
ぐらいにはなっているんじゃないのかな?

がしかし、あれじゃあねえ。
うん、まず誰も金置いたりしないしな、生活ができないだろう、と。

なので、
さすがにもう辞めたか飽きたか職を変えたか街を移ったか、
と思っていたのだが、
なんと最初の出会いから実に云十年の時を経て、

この週末、セントラルパーク、
ストロベリーフィールズで、彼の姿を見かけた時には、

うぉっ!と思わず絶句してしまった。

うへえ、ジミヘンやんけ。まだ居たんかあ!!

とそして、なにより驚いたのは、
云十年のキャリアにもかかわらず、
彼のプレーは、まったく、ほんのすこしも、なにひとつ、
まったくぜんぜん、進歩していなかった訳である。

指使いも滅茶苦茶ならば、コードもピッキングもメロメロ。
つまり、ジミヘンを真似ただけでなにひとつとしてなにも分かっていない、
ただそのまま、まったく進歩も向上も深みも、何一つとしてないわけである。

あちゃぁ。。 これは一種、衝撃であった。

つまり、
ただただ20年間、毎日毎日何時間も、
無茶苦茶に好きなようにギターを弾き続けていても、
ぜんぜん上手くならない人もいるのだよ、と。

石の上にも3年、と言うが、
まったくなにも知らない状態で、ただ滅茶苦茶に自我流を繰り返していても、
実は、何一つとしてなにも進歩しない、という事なわけだ。

そっかあ、と思わず溜息。

つまり、基礎のできていない奴、あるいは、判っていない奴、は、
例えどれだけそれに執着し切磋琢磨を繰り返したとしても、
結局は無駄、な訳だな。

という訳で、彼には最初に出会った時の言葉をそのまま繰り返させて頂く。

てめえ、バカタレ、目障りだ、消えうせろ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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