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日米文化の根本的な違いにいまだに気づかないやつがいるとは驚かされる

Posted by 高見鈴虫 on 13.2012 アメリカ爺時事
日本人は、
もしそれがなかったとすれば、
工夫してなにかで代用をする。

アメリカ人はもしそれがなければ、
それを作る。

ディナーテーブルを見れば一目瞭然。

サラダ用のフォーク。
肉きり用のナイフ、
デザート用からなにから、
ずらりと並んだ、
いったい何のために使うか判らないフォークとナイフを、
次から次へととっかえひっかえ。

日本の食卓には、箸が一揃え。

肉が堅くて切れないのならば、
切れるナイフ=道具を作るのがアメリカ人。
箸でも千切れる肉を作ってしまうのが日本人。

食いきれない飯を豪勢に残してしまうのがアメリカの美学。
茶碗にこびりついたご飯の最後の一粒まで食べるのが日本の美学。

日本人はマルチタスクで
アメリカ人がシングルタスクなのは、
なにも宗教によるものだけとも限らない

限られた国土の中で、
物を大切に使い、使い切り、
人を大切に育て、育て切り、
少ない人材をフルに活用し、
なんでもできる何でも屋に育て上げていくのが日本。

広い国土を渡り歩きながら、焼畑農業を繰り返し、
食い尽くしたらまた次の場所。
労力は海外からの奴隷をとっかえひっかえ使い潰し、
潰れたらまた次を買う。

つまり、使い捨て国家アメリカ、
と、リサイクル国家日本、なわけだ。

これだけ民族性の違う人々に、
そのやり方を強要するなど土台無理な話。

そんなことをいまだに判らないやつがいる、
ということ自体、驚きだ。

その間にあるものを、なぜ誰もまじめに探そうとしないのか。

理由は、と言えば、
アメリカ人には、アレンジの概念がないから、だな。

つまり、日本人の思考回路を理解できない、からだ。

それだったら、最初から作ってしまえ、になるわけだ。

ダイナミックというか、大味、というか。

まあそういう人種も必要ではあるのだが、
わざわざそんな馬鹿のやることに、いちいち調子を合わせる必要もない、
と思っている。






プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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