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アメリカの幽霊が怖くない、その訳

Posted by 高見鈴虫 on 27.2008 アメリカ爺時事
疲れ切って帰宅した夜更け過ぎ。
晩飯を食ったとたんに意識が途切れて、
歯も磨かないうちにソファで昏睡状態。
で、ふと目覚めた夜更けの部屋。
淀みきった意識の中で、
あれ、なんか変だぞ、と身を起して。
ふと気づくと、部屋中に満ち満ちた不穏な空気。
誰かが見ている。
暗い天井から
半開きのドアの奥から
薄明かりの窓の外から。
あれ、なんか、誰かいるんじゃないのかな、と、気づいた途端、
耳元でかすかに、ふふふ、と女の笑い声。
思わず飛び起きて、
思わず、背筋がぞぞぞぞ、と。

息を殺して待つことしばし、
ふと再び眠りの浅瀬に浮かびはじめて、
はっとして目が覚めると、おやおや、
部屋はいつもの汚い部屋。
皹だらけの天井と薄汚れたカーテンと、
脱ぎ捨てた靴の挟まった染みだらけのドア。

なんだ行っちまったのか、と溜息を一つ。

ああ、暗闇が怖いと思ったことなんて、実に本当に久しぶりだな、
なんて、
柄にもなく苦笑い。
こんな感覚、本当の本当に久しぶり、
重ねていうと、ちょっと懐かしい、なんて気もして。

そう、
いまでこそ、こんなにふてぶてしいおさーんになってしまったものの、
こんな俺にだって子供の頃、というものは確かに存在したわけで。

そんな子供時代、
俺ってそう言えば、凄く臆病な奴だったんだよな、
と改めて思い出して。

真夜中の暗闇や、
外から響く救急車のサイレンや、
寝静まった廊下も、
ひんやりとした夜更けのトイレも。
ひとりで机に向かっている時、
なんかいつも誰かが後ろに立っている気がして、
そう言えば、閉め忘れた雨戸の向こう、
薄く開いたドア、
カーテン越しのベランダにも、
誰かが覗き込んでいる気がして。

そう、子供時代、夜の世界は恐怖に満ちていた気がする。
そんな感覚、いつのまにか忘れていたよね、と。

暗闇で煙草に火をつけて、
そして、つくづく、どうして俺は暗闇が怖くなくなってしまったのか、
とふと考えてみた。

だってさ、現実の方がずっと怖いし、というのがその結論。

目が覚めたらいきなり黒人が立っていた、とか、
ドアを開けたらいきなりずどん、とか、
窓から人が入って来た、とか、
あるいは、寝ているうちから毛布の上からバットで滅多打ち、とかとか・・

そう、そんなこと考えたら、
幽霊ぐらいで済んで本当に良かった、と。
背筋がぞぞぞぐらいで済むなら、それに越したことはないじゃないか、と。
つまりそれがアメリカの現実。
アメリカの幽霊が怖くない理由。

アメリカに来てからというもの、
暗闇で目を覚ますと同時に、
なんだこの野郎、と思っている。
やるならやるぞ、といつのまにか身構えている。
こんなところで出会った以上、情け容赦はしないぞ、と、
暗闇で目を覚ましたとたんに完全に臨戦態勢。
てめえ、殺すぞ、と呟いている、という訳で。

そんなこんなで現実の恐怖に怯えているうちに、
暗闇の魔はいつのまにか俺を見限ってしまったような。

なんてことを思っていたら、
やにわに開く寝室のドア。
まさか、と思った途端、寝巻きがわりのTシャツ一枚のかみさん。
薄明かりの中に白く伸びた足に思わず目が行って。
トイレの奥から、あれ、起きていたの?と寝ぼけた声。
ああ、と気のない返事。
水の流れる音が響いて消えて、ゆらゆらと亡霊のように歩いてきたかみさん、
どすんと隣りに腰を下ろして身体を預けてきて。

どうしたの?
いや、別に。
怖い夢でもみたの?とふふふと笑う。
馬鹿やろう、ガキじゃあるまいし、と苦笑い。
あのさ、でも、と改めて、
この部屋なんか居るよな、と
まさか、とウンザリしたかみさんのくぐもった声。
ガキじゃあるまいし、と俺の口調を真似て。
絡んだ膝に手を伸ばして、なんてやっているうちに、
だめよ、お風呂入ってないでしょ、
お前は入ったの?
入ったわよ、あんたが寝ちゃってから。
偉いね。
当然でしょ、おんなのこだもん
あ、本当だ。
やめてよ、汚い手で触らないで。
なんてやりながらいつのまにか。

ねえ、引っ越す?
とぼそりと一言。
引っ越すってどこに?
そうなのよね。これ以上安いところ、あんまりないものね。
ああ、家賃安いよな。異様に。
だったらそれぐらいのことはあるかとは思ってたけど。
やっぱり感じるのか?
感じたからどうだっていうの、今更。
そうなんだよな。その通り。
頼むから邪魔しないで、とは思ってる。
ああ、邪魔するならぶっ殺すぞ、と思った。
もう死んでるって。
ああ、もう死んでるんだから別にいいか、と。
死人に口なし家賃もなし。
おばけのおかげで家賃が安いんだとしたら立派な同居人だよな。
そう、ルーミーみたいなものでしょ。
もうちょっと騒げばもっと安くなるかな。
やってみれば?私は嫌だけどね。これ以上の揉め事。
これ以上の揉め事、か。ああ確かにな。もううんざりだ、
と、深い溜息。

これ以上の揉め事が、
おばけぐらいで済んでくれたら、
それに越したことはねえなあ、と心底思っている自分。
おばけでもなんでもいいから助けてくれよ、まったくさ、
と苦笑い。

という訳で、
そんな暮らしを続けているうちに、
夜更けの暗闇に怯えていた頃は、
本当にのどかで良かったよな、
とつくづく思ってしまった夜半過ぎの出来事であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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