Loading…

BUT NOT FOR ME in TOKYO - 05

Posted by 高見鈴虫 on 03.2012 旅の言葉
あまりのやるせなさに一人で街に出て見ることにしたんだがな。
さしもの六本木と言えども平日の深夜過ぎ、ということもあってか、
閉店したあとのパーティのように、なんとも間の抜けた雰囲気だ。

茶色に髪をした少女たち。ミニスカートから覗く足が驚く程にか細く見える。
元気の良いのは客引きばかりで、それも正体不明の黒人ばかり。

諦めて部屋に戻ったのだが、
思った通りなかなか寝付けなかった。

東京は変わったな。
当然だ、20年ぶりだ。
がしかし、20年ぶり、と考えると、ならばもう少し変わっているべき筈ではないのか、
と思う。

確かに変わった。
外人向けの表示は確かに増えた。
が、肝心の外人が減った。

Welcome!
Bienvenidos!
歡迎光臨
어서 오세요

誰も省みることのない筈なのに念入りに磨き上げられた看板。
それはまるまるで誰もやってこなかった誕生パーティのようだ。

改めて、東京を包むこの静けさはなんだ。
まるで養老院
あるいはサナトリウムのようだ。

東京からニューヨークに来て、
神経症になってしまった犬の気持ちが今になってよくわかる。
この全てが大人し過ぎて物静か過ぎる街からすると
ニューヨークはまるでジャングルのようだろう。

久々の東京でまず面食らったのは、
まさにその静けさ。

東京育ちの犬がニューヨークで神経症になったように、
ニューヨーク育ちのうちの犬が東京に来たら、
やはり欲求不満で神経症になってしまうだろうな。

という訳で、改めて、
果たしてこの静けさはなんだ。

もともとそういう所であったのだろうか?
俺がニューヨークの騒々しさに慣れきりすぎているからだろうか。
いや、違う。
俺の知っている東京はまさに街そのものが生きているように発光を続けていた筈だ。
不況のせいか、あるいは・・・

これは、もしかして、失敗感なのだろうか。
しくじったなあ、しばらくは大人しくしておこう、
という奴、なのか。

静かな理由はその人々の存在感の無さによるものだ。

まるで滑ったライブ。
白けきった観客をステージの上から眺めるように、
客席にもステージにもまるで疎通がなされていない。

そしてこのいらだちはなんだろう。
静か過ぎることに身体が拒絶反応をしめしているのか?

この街に浸るな、と身体が騒いでいる。
侵されるな、この街は毒だぞ、
と身体からびりびりとアラームが上がり続けている。
この街を受け入れれば、ニューヨークに帰れなくなるぞ、
と恐れているのだ。
身体中から肉と骨を溶かしつくし、
血を薄めて乾かしてしまう東京という街の毒素をまざまざと感じる。

だから言ったじゃねえかよ。

俺はここには帰って来たくなかったんだ。

つまり、ここにだけは、
そう、

この東京という街にだけは、帰ってきたくなかった。

なぜなら、

俺はこの街が、世界で一番キライだからだ。

そう、改めて思い出した。

俺が日本に帰らなかった理由。

俺は、日本という国が、嫌いだったからだ。

もしこれが出張でなければ、
できることなら、東京と飛び越えて、

上海でもバンコックでもジャカルタでもカルカッタにでも行っていた方が
精神衛生上にはずっと良かった筈だ。

東京?知ったことかよ。もう構わないでくれ。

そう、つまり、昔の女。過去、ずっとずっと昔に捨ててしまった女。

そしてこの姿。やつれきり、輝きを失ったこのうらぶれた姿。

あまりにもグロすぎるな、と思う。
見たくなかったな、と心から思う。

くそったれ、罠か、と舌打ちをする。

米系だ、給料倍額だ、と調子のいいことばかりぬかしやがって、
結局は俺をこの場所に叩きこむ為の罠だったってことか。

馬鹿野郎、東京なんて、いっそのこと燃えてなくなってしまえばよかったんだ、
とまじめに思っていた。

2012-10-09-XIMG_8068.jpg

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム