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シリア人のデリトラの兄ちゃんが

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
朝の9時半を過ぎた頃に、
ニュージャージー州の奥地の駐車場に現れる、
この怪しげなトラック。
バンの扉を開けると、そこにはよりどりみどりの食べ物がぎっしり。
これは移動式デリ、というようなもので、
長距離便の配達に出かける運転手の人々向けに、
朝食件昼飯や飲み物等を売っている訳だが、
このトラック、まさにジャンクフードの宝庫。
サンドイッチからフライドチキンからハンバーガーから、
チップスからチョコレートからピザから焼きそばまで。
ジュース、コーラ、水からビールから、
街角のデリと呼ばれる何でも屋に並んでいるものが
これでもかとばかりにぎっしりと詰め込まれている。

で、この移動式デリの運転手。
その究極ソース系の顔立ちからいなせな態度から、
勝手にラテン系と判断して、カタコトのスペイン語で会話をしていたのだが、
よくよく聞いてみると、実は彼はシリア人だと言う。

え、でもスペイン語話してたじゃないか。
だってあんたがスペイン語で話しかけてくるからさ。
なんでシリア人なのにスペイン語が話せるんだ?
あのなあ、ならなんでおまえこそ日本人なのにスペイン語が話せるんだよ。
まあそう言えばそうだが。
シリア人であろうが日本人であろうが、
ニューヨークに住んでればニューヨーカーなんだよ。
スペイン語ぐらい誰もでも喋れるだろ?



という訳で、このシリアの人。

いなせな移動式デリのあんちゃん。

黒人からもラティノからもチャイニーズからも人気者。
例え彼が売っている屋台の品々が、
高くて古くてまったく美味しくないにしても、
彼のその人柄に助けられて、なんだかんだで繁盛していたのだ。

が、そのシリア人のあんちゃんが、珍しく浮かない顔をしている。

うい、どうしたい、といつものように肩を小突くと、
ああ、まあな、とまったく元気がない。

で、おもむろにタバコを薦めて見ると、
あの、おまえ、チャイニーズか?と聞く。

まあチャイニーズと言えばチャイニーズだが、本当は日本人だ、と答えると、
ああ、そうか、日本人か、とまたしょんぼり。
さすがにみんな心配になって、だから、お前、どうしたんだよ、と寄ってきた所、

実はな、いまシリアが大変なんだよ、と言う。

ひどい状態らしいんだ。それも日一日と悪くなる。
国軍に村が襲われて、スパイだゲリラだ、と難癖をつけられた末に男はまとめて連れ去られ、
女子供はさんざん弄ばれた末に嬲り殺し。
子供の首をノコギリで切り落としたり、犯した女の手足をバラバラにしたり。
後に残ったのはハエばかり、だとよ。国中が血の海らしい。

なんでそんなことをする必要があるんだ?

そういうことをするために作られた奴らだからだよ。
ちゃんと女子供を切り刻めるようにしっかりと訓練を受けているってことだ。
普通の人間なら誰もそんなことしないだろう。

なんでシリア政府は国軍にそんなことさせる必要がある?

そうしないと自分がそうされる、と思っているからさ。

いやはや。

分からないのは、中国とロシアが、そんなキチガイたちをサポートしているってことだ。
そもそも中国とロシアがサポートさえしなければこんなことにはならなかった。

なぜ中国とロシアはそんなキチガイをサポートするんだ?

知ったことか。いや、悪かった、それが判らない。ただ結果として、中国とロシアのサポートを得たアサドはもうやりたい放題だ。
ありとあらゆることをしでかしている。ありとあらゆることだ。判るか?

なんでみんな逃げ出さないんだ?

政府軍は空港も道路も国境もすべて閉鎖しやがったんだよ。
反政府派自由主義者を一人残らず抹殺するまで国境は開けないそうだ。

馬鹿馬鹿しい。

その馬鹿を中国とロシアがサポートした結果、そのバカに拍車がかかってこのザマだ。

まったくな。

俺の家族がまだ向こうにいるんだが、すでに連絡が取れない。

電話も不通?

それか、たぶん、もうすでにこの世の者ではなくなっているのかもしれない。

まさか。

だからあれだけ早く逃げろって言っていたのに。。。

という訳で、このいなせなデリトラのタフガイが、目を赤くして空を仰いでいる。

助けてくれ、この事態を一人でも多くの人に伝えてくれ、さもないと・・ すべてのシリア人が嬲り殺されててしまう。

という訳で、まあ政府軍側に聞いたらそれはそれでなんらかの言い訳やら事情があるのだろうが、
新聞を読む限り、確かにあまりよろしくない状態であるのは事実のようだ。

シリアか、と誰もが言う。

確かに新聞には連日シリアがやばい、と出ていたし、詳細は知らないまでも、ちょっと大変な状態のようだ、ぐらいは見知っていた。
が、ものの5分もするとそんなことすっかり忘れてしまう。
え、シリア?イラクじゃなくて?あれイランだったっけ?ところでシリアってどこにあるの?

確かに、俺だってこのデリトラのにいちゃんが、シリア人だ、と言わなかったとしたら、
新聞の見出しを舐めるだけで、あれまあ、シリアでたくさん人が死んでいるんだな、で5分後には忘れていた筈だ。

そして多分、日本の地震も原発事故も、世界の世間一般の人々の間では、その程度の認識しかなかったのだろう。

という訳でデリトラのシリア人だ。

当然のことながら俺にはなにをしてやることもできない。
ただ肩を抱き、タバコに火をつけてやることぐらいなものだ。

インシャアッラー、

久しぶりにこの言葉を呟いてみた。

記憶の中に封印されていた、様々な風景が蘇ってきた。

インシャアッラー、あの砂埃の街で幾度この言葉を聞いただろう。

あれから実に25年になろうとしている。

そして世界は、なにひとつとして変わっていない、ということか。

男は屠られ女は泣き子供は飢える。
立派な人もダメな人も、正義の味方も悪党も普通の人もなにもかも、
倒れた途端に一瞬のうちにハエだらけ。

インシャアッラー。

黒いベールの中からのぞくあの陰気な瞳に見つめられて、
俺はつくづく人間として生きるのが嫌になったのだ。
もし世界にこんな女しかいないのなら死んでやる。

犬のほうがましだ、とは言わない。
が、
犬のほうがまともだ、と言わざるを得ない人間もいる。
犬に生まれたほうが幸せだっただろう、という人々もいた。

インシャアッラー、

善も悪も、正義も悪徳も、いいもんもわるもんも、
なにひとつとしてなにもはっきりとしたことは言えないし、言う気もないが、

ただひとつ、あのなあ、もういい加減にしないか?

というか、つくづく不思議な気分だ。

プールサイドでビールを飲んだり、
テニスをやったり、ピザくったりすることがそれほど難しい問題なのか?
ビキニのねえちゃんを眺めたり、通りかかったやつに、よお、と手を上げることが
それほどに難しい問題なのか?

いい女に、黒人も白人もキリスト教も仏教も、
あるいは、スンニ派もシーア派もねえだろう、と。

が、そう、できないんだよな。
なんてったって、インシャアッラーなんだから。

自分から率先して幸せになろうとしないなんて、できないなんて、
なんか根本からしてまったくなにかおかしいような気がする。

だからあんまり関わり合いたくなくなってしまったんだよな、実は。

という訳で、
デリトラの兄ちゃんと、まあ元気だせよ、なんて、
フットボールを投げ合いながら話していた訳さ。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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