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コネチカットの小学校乱射事件に思うこと

Posted by 高見鈴虫 on 15.2012 アメリカ爺時事
クリスマスを前に、アメリカでまた銃の乱射事件が起こった。
14日の朝に起きたコネチカットの小学校の話なのだが、
聞けば聞くほどにあれまあ、と呆れてものも言えない、と言ったところ。

まだ犯人像から始まってその動機から犯行過程からいっさいが明らかにされて無いわけだが・・・
なんとなく、
んだよ、またかよ、と思わざるを得ない。

たった一人の人間が30人近くの人々を殺傷している訳だ。

つまり、端的に言って、
普通の市民生活にはどう考えても絶対に必要があるとは思えない戦闘用兵器を使用している、
これはまあ、言うなれば、現実離反した戦争マニア、つまりキチガイ兵器オタクによる犯行だろう、
とぴぴんときてしまう訳だ。

当然のことながら、
実際に兵隊として戦争に行くような連中、つまり戦争のプロには、こういう兵器マニアはあまりいない。
まあ戦地の思い出のハンドガンを戸棚の奥に仕舞い込んでる、なんてケースはあるだろうが、
出征先であれほど辛い思いさせられた戦闘用兵器を、
わざわざ自分の故郷の、しかも自室の中になんてところにまで持ち込もう、
とはどんな戦争好きでも思わないに違いない。

次に、
その被害に会ったのが、徹底的に害のない標的とされた子供たち、
つまり、絶対に刃向かってこないであろう完全に無抵抗の相手に対して、
こともあろうにいちいちトドメをさしている点、
つまり、はまあ、ぶっちゃけ、
この犯人、ただたんに、ゲーム感覚、ということなのだろう。

とどのつまり、

いい歳をしたとっちゃん小僧、
つまりはニートの兵器オタクの糞ゲーマーが、
田舎の自室に篭りきってのゲームぐらしのあまりの退屈さにほとほと嫌気がさして、
思わずシューティングゲームの世界を現実に持ちだしてしまった、
という
なんともどうしようもなく情けない事実が真相、
という気がしているのだがどうだろう。

そんなクズに、
事件の動機、やら、なにやらを聴取しても、
なにも判らないに違いない。
ただ、面白そうだったから、ぐらいが堰のやまだ。

もしそれが事実だとすれば、
つくづく、そんなどうしようもないクズに、面白半分になぶり殺しにされた子供たちは浮かばれない。
そんな子どもたちがすべてであった両親たちは、まさになにがどうあっても納得できないに違いない。

俺もこの歳になると、ついつい親の気持ちになって考えてしまうところがあって、
正直このニュースを聞いた時、
おお、すげええ、でも、おお、何人死んだんだろ、なんていう日本の白痴マスゴミ的な視点よりは、
ああ、親は浮かばれないだろうな、と思わず涙が滲んでしまったりもする訳だ。

で、そう、
こんなどうしようもないクズのニートが、
果たして何故に、どうやって、大量殺傷力のある戦闘用兵器を入手することができたのか。

といったところから、
あまりにもお手軽な良識家の目は再び、ガン規制の問題に向かってしまう訳だ。


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言うまでもなくアメリカではガンの所持が許可されている。

まあ厳密に言えばいろいろあるのだろうが、
マンハッタンやらサンフランシスコやらの都市部をちょっとでも離れれば、
その辺の商店街の店先で、実に簡単に、このガンという、
「人を殺することを目的とした道具」を手に入れることができる。

そんな風だから、
まあ言ってみれば銃が全米中に氾濫しているというのが現実な訳で、
まあそれを考えれば、むしろこれぐらいの事件発生率で抑えられている、
といのは、まだまだましなほう、と思ったほうが良いのでは、とも思う。

ここであらためてなぜ銃など持つのか、と考えて見る。

身を守る為、というが果たしてなにから身を守ろうというのか。

強盗からか、盗賊からか、
熊やワニや狼の野獣たちか、
あるいは、頭のネジの緩んだゲーマーの乱射犯人に対してか、

確かに考えてみれば、
それほど銃を必要なような状況がこの21世紀にあるようにも思えない。

熊やワニは別として、
強盗やら盗賊は、つまりは彼らがガンを所持していることを前提としている訳で、
ガンそのものを規制してしまえばガンそのものも必要なくなるではないか、
と思うのだが。

がしかし、一度手に入れた「武器」はなかなか手放したくない。

俺にも経験があるが、武器を腹に仕込んで街を歩くのはなかなか気持ちの良いものだ。
なんとなく気分が大きくなるし、なんにしてもそれをちょっと使ってみたくもなってくる。

ガンは人を殺さない。ガンを使って人を殺すのは人間なのだ。だからガンは悪くない、

というのが、まあ、銃規制のたびに繰り返される良く分からない主張な訳だが、
それを唱える、つまりは、銃を所持した経験のある人間なら誰でも判っていること、

つまり、
ガンを使うのは人間なのだが、
しかし、同時に、
武器そのものが人間を呼び寄せる、というのも事実。

人よりも強い武器を持てば、ついついそれを使ってみたくなるもの。
使ってみたいけど使えない、その己の自制心がなんとなく優越感にもつながったりすること。
ガン所持者ならその下腹のむずむずする感覚は誰もも覚えがあるだろう。

そもそも武器さえなければそれほど気楽に近所のスーパーを襲おうとも思わないだろうし、
まさか己の通う学校の生徒を皆殺しにしよう、やら、
無抵抗の小学生を好き放題に殺しまくろう、などとは考えつかないだろう。

という訳で、ガンの規制問題だ。

己の身を守るため、というのが目的であるのなら、
ならなにゆえに一般社会にMP5からAKからトンプソンからが
これほど氾濫していなくてはいけないのか。

つまりはアメリカの銃規制問題、
なんだかんだと、NRAに雇われたロビーストたちの戯言は別としても、
つまり言ってしまえばもっともっと情緒的な理由が根底にあるはず。

つまり、まあ、ぶっちゃけ、武器は格好良いのだ。

女の子が、お花や蝶々が好きなように、
男の子は、怪獣やら武器やらが好きなわけだ。

これを好きになるな、と言っても始まらない。

つまり、ガン=武器こそは男の子の宝物、な訳だ。
つまり、この宝物、どうしても手放したくないんだよねえ、
というのが実に正直なところな訳だ。

その弊害がどれだけ鳥だたされようとも、
そういう情緒的感覚は実はなによりも手強い。

男の子たちは、なんだかんだと言い訳を並べながら、
決して宝物は手放そうとしないだろう。

なんと言っても宝物なのだ。

この感覚を奪い去ることは、さしものオバマと言えども不可能だ、
ということは自身も男の子であるオバマが一番良く知っている筈。

ならば、だ。

銃は売るけど、弾の販売を規制すれば良いのではないのかな。

銃弾に課税をして徹底的に銃弾を規制する。

あるいは、弾だけはライセンス、あるいは、理由がなくては売って貰えない、
とすればいいのではと思うのだが、どうだろう。

改造拳銃ではないが、改造銃弾を作るやからも出てくるだろうが、
この改造弾丸、下手をすると暴発もする可能性が極めて高い訳で、
銃弾の安全性に信頼が置けない銃ほど始末におえないものはない。

一発一万ドルする弾丸を使ってまで、こいつを撃ち殺したいか、
あるいは、自身の命を架してまで、と思った時に、
いかに頭の足りないゲーマーであろうとも、
人の生命を奪うことの重さ、が実感できるに違いない。


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がしかし、
おいそれと銃を規制してしまう、ということに不安がない訳ではない。

それはもしかすると、この先、アメリカでの暴力犯罪を助長するのではないのか、
という危惧だ。

アメリカに来て思うのは、確かに街中での酔っぱらいの喧嘩等、
暴力沙汰の風景をほとんど見かけない。

なぜかと言えば、
アメリカ人が暴力を否定した理性的な人々であるから、
というのは勿論大嘘だ。

アメリカ人程に中世的な暴力崇拝を色濃く残した人々を見たことがない。

現代アメリカを象徴するもの、
ハリウッドの映画の暴力シーンの比率を見れば一目瞭然。
アメフトからスポーツ・イラストレイテッドからハーレクイン・ロマンスから
徹底的なマッスル信仰、つまりは、アメリカの美学それこそが暴力崇拝主義の具現化であるう。

がしかし、そんな暴力崇拝主義者たちの国でありながら、
なぜ、それほど暴力事件がおこらないのか、と言えば、
端的にいってつまりは銃である。

こっちに来たばかりのころ良く言われていたのだが、

ブルース・リーだろうがなんだろうが知らないが、
相手が黒人であろうが、老人子供であろうが女であろうが、
下手に暴力を行使すれば、あとで背後から撃たれることになるぞ、
という訳なのだ。

言うまでもなく、
重信房子ではないが、そこにガンがあれば、プロレスラーも5歳の子供も対等なのだ。
つまり、どんな弱そうな奴でも下手に手をだすといきなり撃たれるかもしれない、
と思わせるところにガンの凄み、つまり威力がある。

まあ言ってみれば、その危うい均衡があるからこそ、
街中の犯罪にブレーキがかかっている訳で、
俺のようなみるからにちょろそうな小男が、
深夜の地下鉄の中でも好き放題にカツアゲに会うこともないのも、
実はそういうことなのだろう、と勝手に思っている。

という訳でコネチカットの乱射事件である。

やったのはたぶん、こんなガキ、
つまりは、フットボールの名門校であるヴァージニア技術大学で、
誰からも相手にされない腹いせに機関銃を乱射したクズの中のクズ、
つまり、今回もこんなやつ、
ゲーマーの兵器オタクの童貞の、
つまりは、世界でも一番どうしようもないタイプの人間だろう、と思っている。

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果たしてこのゲーマーである。

誰もが気づいていながら、誰もがそれを問題視していないであろうこと、なわけである。

ぶちゃけ、ニートであろうが引き篭もりであろうが、

手っ取り早く、インターネット、
つまり、ゲームと匿名掲示板とエロサイトに接続できなくすれば、
彼らを包んでいた悪夢の霧は一瞬にして消え去る。

彼らがつまり、部屋に篭ってないをしているかと言えば、

ゲームをし、匿名掲示板にくだらない戯言を書き込み、
そして、エロサイトを見ながらちんこをしごいている

ただそれだけなのだ。

人間どんな偉そうなことを言っていようが、
好きなだけセンズリをこいて、ゲームで暇を潰せて、
しかも後ろから飯が運ばれてくるのであれば、
なにひとつ外的な刺激、つまり社会なんてものが存在しなくても、
十分に生きていける、ということだ。

それは動物園の檻の中で、せんずりを繰り返すサル、
と変わらない、よりも、それ以下、のレベルだ。

おたくの息子をどれだけかいかぶりたいかは勝手だが、
そのイカ臭い部屋の匂いを嗅げばだれでも判るだろう。

どんな難しい顔をしていよが、生意気そうなことをほざこうが、
所詮はその程度、ということをしっかりと認識するべきなのだ。

という訳で、
日本ではそんな引きこもり連中が社会問題になっていたりもするが、
ではこのアメリカで引きこもりが居ないか、と言えばそれはぜんぜん嘘である。

というか、この国はまさに引き篭もりの天国だ。
ひきこもりを問題視していない、できない、ぐらいに、
本来から元々において完全な引き篭もりのような人々が山のようにいるのだ。

ただ日本と違って、その引き篭もり暮らしに後ろめたさがない。
なかば堂々とばかりに引き篭もりのゲイマーをしている人々が全米中に腐るほどいる。

この世の果てのようなあばら屋の一室で、
一日中家に篭ってビールを飲みながら、あるいは肥やし臭いハッパを吸いながら、
徹底的にゲームばかり。
生活保護やら、強者になれば障害者申請までして、
ゴミのようなチップスとコーラとフローズンフード、つまりはTVディナーばかりを食べて、
ブタを通りこして、バケモノ、まさに自力では立ち上がれないぐらいに肥え太り、
そんなにまでなりながらも、なかば徹底的に引き篭もりのゲーマー暮らしをしている、という次第。

という訳で改めて21世紀だ。

21世紀になって便利になった、というは、
つまりは、ほとんどのケース、徹底的に自分の労力、
つまりは、手間暇体力を使わなくても良くなった、
ということだ。

WALL-Eの宇宙船で暮らす人々ではないが、
車椅子に乗ってなんでもできる、なにもしなくてもいい暮らし、が最高の暮らし、であるとするならば、
車椅子に座ったまま、どんなことでも実現してしかるべきもの、と考えるのが普通。

つまりは、
愛も平和もそスリルもロマンスも、
セックスから冒険からバイオレンスまで、
すべて車椅子に乗った状態で充足できてしまうのがあたりまえ、
と思っている人々が限りなく増えている、ということ。

ぶっちゃけ、
閉めきった部屋の中、
一日中机のPCを前にしてインターネット三昧。
ゲームを続けながら音楽を聴き流しありとあらゆるエロロ動画を流し続けながら
たまにニュースを読み漁ってはすべてを判ったつもりになり、
机の脇の袋からお徳用のドリートスとばりばり。
スニッカーズでベタついた口をダイエットコークで洗い流し、
とこんな生活を続けていれば、
わざわざ外に出ていくことも人に会うことも会話をすることも、
そういった社会生のなにもかもが徹底的に面倒くさく馬鹿馬鹿しく無駄なこと、
に思えてくる筈。

少なくともPCの前では自分は王様だ。
ゲームでは滅多矢鱈にゾンビーたちをぶち殺し、
世界中のありとあらゆる美女たちのセックスシーンにタダ乗りできて、
掲示板を開けば自分と似たような車椅子の王子様たちが沢山いることも衆知の事実。

そしてその車椅子の王子様たち、
自身のPCの前では完全無欠の俺様は、
しかし、どうしても社会の人々と上手く接することができないのは、
つまり、彼の中では彼が俺様、つまり、完璧な訳であって、
ついつい思わず誰に対しても超俺様してしまうわけだが、
そんな人間を、つまりそんな俺様が、別の俺様と合い対したにしても、
決して互いが互いを認める気にならないであろうことは想像に難くない。

という訳で、自室のPCの前を離れた俺様は、
どこにいってもなにをやっても、徹底的にPCの前ほどには上手くいかないことに気づく。
それを思い知った結果、いたずらに世の中、つまりはリアル・ワールドの人々に対して怨念を募らせ初め、
あのバカども、
つまりはインターネットで情報を得ていないバカどもにどう復讐してやろうか、
どうせなら、ゲームの糞キャラ扱いしてやれ、となるなるだろう。

俺は個人的には、
ヘロインやらメスやらに嵌って全身をボロクソにしていくジャンキーなどよりは、
このゲイマーの人々と、彼らの社会への適応の方がこの先の社会のネックになっていくと思っている。
少なくとも、路上に転がるジャンキーは臭いからだで小銭をせびりこそはするが、
まさかサブマシンガンで子どもたちを滅多撃ちにしたりはしない。

実はこの車椅子の王子様たちこそが、
使い方次第ではこの先の21世紀の時代の癌となり、また原動力ともなる。

この時代、ロックだ反体制だ暴走族だドラックだ、なんてのは、
もう徹底的にどうでもいいんだよ。

つまりは、引き篭もりのゲーマー、
もはや自分の足では立つこともできなくなってしまったような、
ゾンビーのようなゲーマーたちこそが、
この21世紀で最も危険な存在なのだよ。

それを思い知った方がよい。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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