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RAGE AGAINST THE MACHINE ~ 副題:K1界に超合金格闘ロボットが現れたら、格闘界はどうなるだろうか

Posted by 高見鈴虫 on 22.2010 音楽ねた
RAGE AGAINST THE MACHINE

副題:K1界に超合金格闘ロボットが現れたら、格闘界はどうなるだろうか、
ということについて考えたことがありますか?

気がついているとは思うが、今の世の中にドラムは必要とされていない。
理系の頭で割りきってしまえば、
コンピュータを使わず、あえて計算尺を使う、ぐらいなもので、
つまり馬鹿げている。

古くはYAMAHA DX7が登場した80年代からそのは顕著であり、
シークエンサーの使用から、ステージの巨大化=舞台化と相成って、
今となっては生ドラムを使った録音などは稀少価値である。

機械はちょっと融通がきかないところがあるが、
切り貼りの手間さえ疎わなければ
どんなプレーも可能であるし、どんな速さでもどんな音量でも自由自在である。
しかも、安上がり。これは凄い。

で、そんな時代遅れのドラムが機械が人間に勝てるとすれば、

1。音色
であった筈だが、いまではサンプリングを使用した方が音がいい。

で、

2。気合
これは言ってしまえば簡単だが、実際に気合を音にするのはとても難しい。
ライブだったらいざ知らず、スタジオ録音では尚更である。
ましてや、
気合は前でやるので、後ろはおとなしくしていてください、音がぶれるとやりにくい、
と言われた日にはもうやることはなし。

で、

3。音の表現力:で音の表現力とはなにか、について考えると、
つまりは、揺れ・ぶれ、であるかな、と思っていた。

過去、リズムマシーンが登場する以前のドラマーは、
実はこの音のぶれをなくすために、一生懸命フラットな音をだし続けられか、
のようなところで日々鍛錬を続けていた。

つまり、より速く・より強く・よりフラットにより長く。

これはしかし、今=ドラムがリズムマシーンに取ってかわられた現在、から思うと、
結局は、どこまで機械に近づけるか、を目指していた訳で、
実際に機械がそれをやってくれるようになった今となっては、
その用に機械を目指していたタイプのドラマーは、
結局は機械のやったことをどこまで再現出来るか、
という視点でしか己の存在を示せなくなった訳で、
人間の機械化、つまり、まあこれは言ってみればマゾである。

で、
マゾになる道を嫌った(あるいは諦めた)ドラマーは、
結局なににすがったか、と言えば、つまりはこの表現力である。

つまり、
音のむら、というか強弱、時にはもたり・走り等、
ドラムマシーン以前にはデメリットとされていた弱点を、
逆に表現力として武器にするしか方法がなくなった訳で。

ドラムマシーンはコピペするだけでどんなプレーでもやってのけてしまうが、
唯一、音がフラットになる=安っぽくなる、ことだけは避けられなかった。

リズムマシーンを使ったバンドがどうしても安っぽく見えるのはつまりはそれ。
音がフラット過ぎ、クリア過ぎて、
逆に、なあんだ、リズムマシーンかよ、と興ざめされる訳なのだが、
が、しかし、それはライブに限った話。

最近のスタジオ録音では、これはドラムですかリズムマシーンですか、
など見分けるのは非常に難しいし、逆にそんなこと気にしている奴さえいなくなった。

で、ライブにおいても
最近のドラムはライブでもリミッターやらトリガーやらをつけていて、
ドラムはつまりは楽器というよりスイッチになっている。
ということは、ドラマーはつまりは、表現者というよりは演技者なのであってしまって、
口パクではない、ドラムを叩く真似をするだけの添え物的存在。

どうでも良いオーバーアクションばかりが珍重されるはつまりはそれかな、とさえ思えてくる。

と言うわけで、いまや稀少価値となった生の人間ドラマーの最後の砦となった表現力ではるが、

がしかし、
これは、料理しようによってはとても聞き苦しくもなる諸刃の剣である。

特にまわりの音がフラット系(ベタ系)を基調にした場合、
後ろでひとりで表現力をされては迷惑千万、となるわけである。

のだが、
最近のPRO-TOOL小僧は、ドラムの音の表現力をつけるため、
アクセントにはバスドラを音を重ねたり、わざとずらしたり、
とするらしいが(笑

と言うわけで、なんだ、言いたいことは、だ、

そう、つまり、機械に勝てないときには頭を使わなくてはいけない。

そういう時代遅れのドラムに機械と同じことをやらせる、のではなく、
その時代遅れさをどうやって生かすか、発想を転換する必要がある、と。

で、ちょっと小知恵を働かせて、
機械にできないぐらいまで小技を複雑化してまおう、と考えたのがJAZZ。
つまり最近のドラマーの間でモーラー奏法やらなんやらの、
古き良きJAZZテクニックがもてはやされているのはつまりはそれなのだが、
まあと言っても所詮はコップの中の嵐。
この禅修行をモクモクと続けては、わーい、片手でロールができるんだぜ、
おお、モーラー奏法やんけー、みたいなところでどらまー同士で喜んでいるだけ。
んなこと、リズムマシーンだったら数字を打ち込むだけですぐじゃねえか、と。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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