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ラテンの人間は絶対に入れない音

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 音楽ねた
土曜日、街中が春本番という感じ。
セントパトリックデイのパレードという訳で、
街中が緑の服だらけ。
まあ昼間からおおっぴらにビールが飲める、
緑のシャツはその免罪符という訳か。

とりあえずスタジオへ。
いつもの奴でまた禅修業の4時間。
まあ練習というよりリハビリだ。
誰も、週一回の練習で上手くなれる、なんて思ってはいない。
で、いつもの奴で、
そう、
メトロノーム相手だけではさすがに煮詰まった挙句、
やれやれ、俺はいったいこんなところでなにをやっているのか、
とため息をつきながら休憩のトイレに出たら、
手前の部屋でやっている盲目のサルサバンドの老人が、
盲導犬と一緒にトイレから出てきた。

すれ違いざまに
お前、奥の部屋でひとりでソンゴやってる奴か、と聞かれ、
ああ、そうだよ、と答えると、
お前、ニホンジンか、といきなり言われた。
あんた目くらなのになんでんなこと判るんだよ、と笑ってやると、
判るさ、音でな。と軽く言われた。
目が見えねえ分、音には敏感なんだよ、と。

音で国民がわかる?まさか、
と笑って、

なら、俺の音のどこがニホンジンだと判るんだ?
とそのものずばりと聞いてみると、
ラテンの人間じゃねえことはすぐに判る。
でもグリンゴでもねえ。ネグロでもねえ。ブリティッシュとも違うし、という訳だ。
へえ、なんで、俺のソンゴはラテンの音じゃねえんだよ、とちょっとむきになると、
TOO MANY NOTES、音数が多すぎる、と。
で、
しかも、ラテンの人間は絶対に入れない音がその中に入っている。
入っちゃいけない音?ってことか?俺が間違ってるってことか?
違う違う。そういうことではない、がラテンの人間なら入れない音が入っているってことだ。それが違う。違うだけで間違えとか悪いという意味じゃない。
どの音だよ、教えてくれよ、頼むぜ。
いや、俺はパーカッショニストじゃないから判らない、が、つまりそれが違う、ということだけは言える。足りないんじゃない、ひとつ多いんだ。まあだが、それがおまえの個性だ、といえないこともないし、そういうバンドもいた。まあ考えてみるさ。自分の音をよく聞いてみることだな。

というわけで、正直ちょっと凹んだ。

やれやれ、アメリカに来てすでに運十年、
下手をすると日本で過ごした時間よりもこちらに来てからほうが長くありつつある、
というのに、やはり俺の音はニホンジンでしかありえないのか、と、
なんか複雑な心境。

で、そのまま外のベンチでタバコを一服。
改めてその余計な音とはなんだろ、と考えてみた。
が、考えても判らないので、まあいろいろ試してみよう、というのは20世紀。

現代は、そう、スマフォでYOUTUBEである。
という訳で、タバコを吸いながら、SONGO やら BASIC やら ラテン・ドラム・奏法やらと、検索した結果、
タバコ一本吸い終える間にすでに答えが出ていた。

思ったとおり、というか、まあ、そういってみれば簡単。

つまりは一拍目である。

1・2・3・4 で始まる一拍目の音、これを、入れるか入れないか、つまり、ラティノは、1・2・3・4 ジャーン、あるいは、ズドン、とはしないのだ。
1.2.3・4 ンペ、で始まる、と。つまりシンコペで始まる。
これはまあ、肩透かしもいい所だが、まあ、それが違いなんだな、これができる、やってしまうってのも凄いな、と思った訳だ。

で、試してみた。

うーん、そう、この肩透かし、というより、この不安定感、こそがラテンの醍醐味だな、と思う。
ドラマーにとっては確かに魅力的。
頭からシンコペ、つまり、頭からリズムが転げて回り始める、という訳で、いきなりターボって奴なのだな、と。
うーん、これ気に入った、とは思ったのだが、
しかし、

そう、これは言い訳ではあるが、

これは、そう、やはりニホンジンでは無理だな、とちょっと思った。

いくら俺だけがわかっていても、他のパートのやつら、1.2.3・4 ンゴ、で始まれるやつはまずいないだろうし、
ただでさえ裏でリズムの取れないような村祭り体質のニホンジンの聴衆が、
まさかいきなりで出しの一拍目をシンコペで入られたらリズムそのものを裏で取ってしまうに決まっている。
というわけで、そう、これはニホンジンには無理だ。無理だと判っているのでやらないし、できない。

それを、ニホンジンの限界、ととってはいけない、個性、と思うべきだ、とあの盲人は言っていたのだろう。

それが、まあ、個性な訳だ。
という訳で、そう、オルケスタ・デ・ラルスはそのあたりをどう思っていたのだろう、と思っていた。

帰りの電車の中で、久々にパピー・イ・ロスケソンソン、のSOBSでのライブの録音を聞いてみた。

もう、これは、わざと、というよりも、意地になっているぐらいに、徹底的に一拍目のONにアクセントが入っていない。
つまり、一拍目のONを抜くことこそが、ラティンの美意識、なのだろうな、と思い知った訳だ。

つまり、そう、悪いという訳ではないが、ラティンじゃない、と。

たかが一拍、されど一拍。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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