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決闘の制度化について

Posted by 高見鈴虫 on 04.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
時として、愛と憎しみが同義語であるなら、
結婚によって生涯をつれそう1人の人間を選択する
のと同じように、
決闘によって一生に一度、人をぶっ殺せる、
という制度を作るはどうか。
つまり、決闘の制度化である。

でもさ、
これ考えようによっては栄誉にも値するよね。
なんてったって一生に一人なんだから。
結婚相手と同じぐらいに大切、ということにある。

もちろん不意打ちしたり、
許可無く何度も決闘したりしたら、
それはやっぱり犯罪として裁かれる。
一応決闘と言っても制度だから。
重婚罪じゃなくて、重殺罪。
執行はもちろん銃殺刑、なんちっち。

でもさ、
じゃあ、君、僕の選んだただひとりの人、
僕のために喜んで殺されてください、
と言われてもねえ。
嬉しいとは思わないだろうな。

ただ、どうしてそこまで憎まれるに至ったか、
よく考えてみる機会にはなるかもしれないけど。

え、でも、
俺的にはお前は別にどうでもいいなあ、と、
いう場合もある。
それを考えると、勝ち残ることが出来れば、
一生に2回の決闘をすることになる。
或いは、なんど決闘を申し込まれても常勝の人、
誰の憎しみも必ず返り討ちに取ってしまって、
なんて奴とかも出てきて、それはそれで凄いな。

と言うのは、
こいつ、法律に守られているからと言って、
本当に、殺されてもしょうがないようなこと平気でやってる奴、
凄く沢山いるでしょ。
やっぱりね、
天に代わって成敗してくれる闇の仕事人って、
時として必要だと思うのだがどうだ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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