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誇りのためなら糞でも食う、なんて、糞しか食えない奴が良く言うぜ、と。

Posted by 高見鈴虫 on 01.2007 旅の言葉   0 comments   0 trackback
カストロが死んだのか?

そう。
なにかちょっと寂しい。
そしてちょっと不安を感じる。
もう駄目だろうな。
まあ良かったんだろう。
ただ、ちょっと、寂しい、ただそれだけ。

とりあえず、
まあいつものように憎まれ口から。
つまりは、だ、
人間は糞を食っては生きられない、と。
そんな当たり前のことを、
ただ証明した、やっぱりな、とそれだけで終わるのだろう。
誇りは食えない、からな。
では、誇りを捨ててなにを食べる?
誇りを捨てても糞しか食えない、
あるいは、誇りを捨てたおかげで、
糞よりもちょっとはましな、
つまりは、金持ちの酔っ払いの吐いたゲロ、
ぐらいは食べられるのかもしれない。
ゲロと糞で、なんの差があるのか。
糞よりゲロがましか?
と、
つまりはそんな次元の話になるんだよな、多分。
騙されて犯されてひん剥かれて丸裸にされた挙句、
女はすべて娼婦となり、男はすべてギャングになって、
つまりはそういうことだろうと思う。

誇りを守るためなら糞でも食う、とマルケスは言ったが、
糞しか食えない人間が、糞でも食う、という言い方はできないだろう。
誇りを守るために、今日も糞しか食えない、明日も、あさっても、多分一生、それでも満足だ、満足か?
と、言うべきだと思った。
だって、
守るべき誇りなんか欠片もないのに、
糞しか食えない人がたくさんいるのだから。
そんな人に、自身が糞しか食えないことと言い訳として、
誇りのために糞でも食う、という言い方は、詭弁だ、と。

という訳でキューバ、
ひどい国だったね。
ひどい、と言ってしまうのが、
かわいそうになるほど、
あるいは、
ひどいのは周知の事実として、
それは脇に置いておいて、
という大前提に立たないとなにも語れないぐらいに、
ひどい国だった。

いまだから言うが、
俺はキューバにいる間、
ずっと胃の裏側にキリキリと痛みを感じていた。
あのときにタバコをやめるために噛んでいた、
ニコチンガムのせいか、と思っていたが、
不思議なことに、メキシコに抜けた途端に
胃の痛みのことはいつのまにか忘れていた。
あれは今でも思っているが、
胃、つまりは、神経が、
ここはお前にとって一番やばいなにかがある場所だぞ、
と警戒していたのに違いない。
なにか、と思う。
なんだろう。
つまり、まあ、そう、たぶん、それだろう。
だから多分、うわさはすべて事実だ、ということだ。

ただ、
誤解を恐れずに言うとすれば、
ハバナ、あれほど愛しい街はなかった。
今でも愛している。
まるで、かの地に残した恋人のように。
一生忘れないと誓った恋人のように。

俺はいまだから言うが、
ハバナから飛び立つ飛行機の中で、泣いた。
今でもハバナを想っている。
忘れたことはない。
そんな街は世界中どこにもない、
とそれだけは言っておく。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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