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つまり、中国とはこんなところだった

Posted by 高見鈴虫 on 19.2008 旅の言葉
たまに中国の悪口を書くが、
言わせて貰えば、俺が最初に訪れた海外、というのが、
これがまた、中国であったりした訳だ。
最初に訪れたぐらいだから、
それでは中国がよほど好きだったのだろう、
と思われるかもしれないが、
それは違う。
アルバイト先の旅行会社から、トラブル収拾のためのレスキュー隊、
つまりは、体の良い苦情処理係として送り込まれたからであって、
それはつまり、
中国旅行ってものがまったくもって、
どこに行っても徹底的にトラブルばかりだったからなのだが。

という訳で、初めて降り立った中国。
それはつまり、香港から深浅の国境を越えて辿りついた広州駅、
誰もいない地下道を抜けて、いきなり転がり出た駅前の大広場、
それはもう、とてつもないぐらい広い、
つまり、小学校の校庭の20倍ぐらいありそうな巨大な広場を埋め尽くした、
乞食の海、じゃない、難民の海だったわけで。

もう、コンクリートの地べたにごろごろと転がって、
で、飯盒で飯を炊いたり、それこそぼろ切れ以下の服を着て、或いは半裸で、
オトコもオンナもラスタどころか
もうボール紙をはりつけたようになっているベチベチの髪をかきむしりながら、
その辺りで立小便どころか、うんこしてる人もいて、
それが、見渡す限り、ほぼ、地平線一杯ってぐらいに、
もう、一面に広がっている。
それは上野だ新宿だとか、もうそんな次元じゃない。
まさに、見渡す限り!なのだ。
おおおなんだこりは、と、
その異様な光景、その悪臭、その超次元的に悪趣味な風景に、
まじめに、そう、割とまじめに驚いた。

確かに、最初に訪れたのが、カルカッタであったり、ジョハネスバーグだったりすれば、
いきなりこんな光景もあらかじめ心の準備ができていたかもしれない。
だが、ここは中国だ。
言っておくが、俺は子供の頃から朝日新聞を読んで育った。
中学生の時には本多勝一先生の極限シリーズの愛読者であったし、
高校に入ってからだって、
ヤンキー仲間と右翼の宣伝カーの前でたむろしながら、
背中に一文字に書かれた憂国烈士の看板もまるでシカトで、
大江健三郎だって高橋和己だって吉本隆明だって読んでいたり。
つまりそういうガキだった。
行動と思想が能書きがまったく伴わないがきだった。
つまり、
それだけで日本の知識人の仲間入りをしていたわけだが。

それが、だ、そう、そんなガキが、
いきなり、それまで密かに憧れていた毛沢東の中国で目にしたのが、
この、乞食の海、だった訳だ。

がしかし、俺はこう見えても一応ヤンキーの端くれだった。
一人で町を歩けば必ずというぐらいに絡まれた。
電車で居眠りをしていて、ふと顔を上げたとたん、このチョッパリと唾をかけられたこともあった。
職質の警察からいきなり袋叩きにされてそのまま河原に捨てられたこともあるし、
本ちゃんの車の中に引きずり込まれてちゃかを口に押し込まれたこともあった。
そんな俺だ。
つまり、そんな俺が、たかだか乞食の海ぐらいにびびってなるものか、と思った。

という訳で、
んなろ、どけどけ、とその乞食の広場を、湧き上がる悪臭の中を、
襲いかかるハエの壁を、泥人形のような人々の間を、
決死の覚悟で真ん中をつっきってやった訳だが、
乞食の海を抜けたとたんに、
走り寄って来た鼻垂らしの餓鬼にいきなり太ももをがっちりと押さえられて、
チェンチェンマネー、と。
んだそれ。
チェンチェンマネー、チェンチェンマネー。
訳も判らず、てめえ、餓鬼、と頭を叩くと、
餓鬼は驚いて物影に走りかえり、するとそこに隠れていた、
まさしく鬼のような顔をしたおばはん、それは多分、母親から思い切りビンタ。
で、ほら、なら、あれに行け、と指差した先に、
泣きながら、鼻水だらけになりながら、いきなりしがみ付いて、チェンチェンマネー!
おいおいおい、と。
ここは人民が平等である労働者天国の国じゃなかったのかよ、と。
乞食がいない、どころか、全国民が押しなべて全て乞食じゃねえか、と。
まあいい。俺だって、そういう能書きがまったく本当でないことぐらい見当がつく。
そう、乞食はまだいい。

道を歩き始めたとたんに、
すれ違うやつ、どころか、背後を歩く奴、
道端から、店先から、家々の窓から、
まるで穴の開くほどに、とうとうと、こうこうと、
そんな俺の姿を見つめるというよりも、ガンくれる、というよりも、
まるで驚愕しきった表情で、目を見開いて擬視する目、目、目、目。
赤黒く見開いた瞳がどこを向いても、じっと俺を睨みつけていて、
んだこいつら、とさすがの俺もちょっとぎょっとしてしまって。

でもいい。そう、見つめられるだけなら、
まあ気味が悪いのを我慢すればいいだけなのだが、

ちょっと道を聞こうと、店先で鼻くそを穿っているお姉さんに、
チンウェン、チンウェン、と言うたびに、
まるで、奥歯に挟まった韮のかけらを吐き捨てるように、
メイヨー!と、それこそ、この世の憎しみの全てをこの一言に凝縮させたような、
そんな、憎悪を固まりの表情で、まさに手鼻と一緒に吐き捨てられて怒鳴りつけられて。
おいおい、こんな鬼のような面、日本のヤクザだって観たことがねえぞ、と。
ああ、やっぱり日本のヤクザ、グローバルな土俵での勝負はまだまだ無理だな、
こいつら、カタギでもこれだもの、と思わず悲しくなってしまうぐらいに、
もう思い切り、これでもか、と言うぐらいに憎々しい般若面。
それが、もう、街中で、道を聞くたびに、なのである。

で、極めつけ、
そう、ある日バスに乗ろうとして、
で、いきなりやってきたバス、それも、窓から屋根からに
思い切り人が乗っかっている末期的に混雑したバスに、
乗ろうとしても、入り口から人が溢れている始末で、
それもでこなくそ、と、そう、運動会の棒倒しの要領でぶら下がったところ、
いきなりだ、背中に背負ったバックパックを、
何者かにむんずと掴まれて、
そして、走るバスからいきなり、そのまま振り落とされた。
舗道の真ん中でまさに、ひっくり返された亀、の状態。
俺は土曜の夜の藤沢街道で、湘南通りで、江ノ島で、
箱乗りと言ったらこの人しかいない、というぐらいにの
箱乗り好きで通っていた筈が、だ。
そんな俺がいきなり、市バスのドアから振るい落とされてドン亀状態。
その時には幸いバックパックがクッションになって助かったが、
これには笑った。
いやあ、ワイルドセブン。やってくれるなあ、と。

で、最後に、これだけは書いておきたい。

ある日、夕暮れの田舎街を歩いていた時、
ふと腹が減って、うどんやの屋台に座った時、
見慣れぬ民族衣装を着た旅の一団と隣り合わせて、
で、ほら、この七味入れたらおいしいよ、なんて、
そんな無言の交流をしながら、
屋台のベンチに肩を並べて微笑みあってうどんをすすっていた時、
後ろからやってきた公安、つまり警察。
おい、なにやってんだ、手前ら、って感じで絡んで来やがって、
硬い警防で、割と思い切り俺の頭をごつごつ、
てめえ何しやがるんだ、と振り返って、
目が合ったとたんに、この野郎、気が狂ってやがる、
というぐらいに超強烈にサディスティックな面構え。
おお、こいつはヤクザだ、と思わず身構えて、
したら、だ、いきなり、
隣の少数民族の親父、
警察に追い払われる前に、とばかりに、
慌てて両手にうどんのどんぶりを抱えて汁をすすろうとしたその矢先、
いきなり襟首を掴まれて、ぐいとばかりに後ろに引き倒されて、
つまり、両手に抱えたうどんのどんぶりを、
そのまま、顔から胸にぶちかけるかたちになって。
身体中からうどんの汁を被った少数民族のおじさん
あっちっちっち、とイヤイヤをしながら、足がひっかかってそれどころじゃなく。
公安のおまわりは、それを見ながら、
もう、ハラワタがよじれるぐらいにゲラゲラ笑ってて、
思わず俺もつられ笑い。
だってさ、そう、腹は立つけど、
そう、俺も昔、いじめっ子だったこともあるから判るけど、
これ、面白い!
そう、酷いいじめだな、とちょっと感心するぐらいに壮絶に面白い。
しかしながら、少数民族の一団、
家長の醜態に見向きもせずに、この世の終わりとばかりにうどんをかきこみ続け、
ついには警棒で頭を小突かれて初めてそそくさと荷物を抱えて歩き初めて。
なんだこれ、と改めて。

という訳で、そう始終そんな感じだった。
つまり、謎謎謎、なのである。
街中が理由の判然としない混乱と悪意と不衛生と、
つまり不条理の坩堝なのである。

どこに行ってもトイレは徹底的に糞だらけ。
壁がない、紙がない、水がない、ぐらいだったらまだいい。
端から便器の中にうんこを落とす気がさらさら無いぐらいに、
もう通路の真ん中にどでかいうんこがでろんと長々と横たわって重なり合い。
つまり、糞を踏まずして糞をすることができない、という末期的な糞だまり。
それに加えて、そんな便所には手を洗う場所さえもなく、
そう言えば、どんなホテルにもシャワーが無かった。
つまり、こいつら風呂に入らないんだな、と改めて驚いた。

という訳でついでだから書いてしまうが、

誰がいようと、構わずに吐き散らす痰唾。
そう、火車に乗っている時に、寝台車の上から、荷台の影から、
この、カアアアアアっというおなじみの音がしたら、
なにがあっても避けたほうがいい。
そこに誰がいようとなにがあろうと、中国人の痰唾は必ず降って来るのだから。

がしかし、痰唾ならまだいい。かああああの予兆に気づくから。
まずいのは手鼻だ。いきなり飛んでくる。
しかも、誰がいようとなにがあろうと、だ。
俺は頭の上からこれやられたことがある。
さすがに避けきれずに、買ったばかりの人民帽、そのまま捨ててしまったが、
てめえで捨てた人民帽を足蹴にしながら、
どうだざまあみろ、とちょっと小気味良かった気がしたっけ。

つまり中国とはそんな国だった。
どこに行ってもだ。誰がいよとなにがあろうと、
つまりはそんな感じだった。
思い出せばまだまだ出てくる。
いくらでも出てくる。終わりが無いぐらいに出てくる。
それがつまり中国だった。

その謎について、俺はあれ以来ずっと考え続けて、
そして至ったのは、文化大革命だ。
あれが全てをぶち壊した。或いは止めを刺した、のだ。
それについてはまた改めて書く。

で、ついでに、だが、

アメリカで男女平等を言うフェミニスト或いはレズのダイクに会うたびに、
俺は、一言、中国を見ろ、と言ってやりたい。

人前で平気で鼻くそを穿り、
痰を吐き、手鼻をかみ、
ついでに、かえるのようなゲップを鳴らし、
おまけに、どこであろうと、平気な顔してぶりっと、オナラを暴発させる。
そう、つまり、その辺の汚いおっさん、のような女の子。
あのなあ、と。

男女平等、冗談じゃねえよ、と思った。

つまり、中国とはこんなところだった。
それも、ここ10数年前の話だ。
どうだ、判ったか?朝日新聞。
てめえの目で見てないものを良いの悪いの書くんじゃねえ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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