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「ギジュツケイ(技術系)と暮らした日々」

Posted by 高見鈴虫 on 09.2006 技術系   0 comments   0 trackback
「ギジュツケイ(技術系)と暮らした日々」

気が付いてみると、
周りの人間が誰も愛せなくなっていた。

かと言って、
まさか俺が人間嫌いになったとか、
最近流行りの鬱病にかかった、なんてことは決してない。
街に出れば女ばかり見ているし、
同じを女を追っかけている男同士で目が合えば、
軽くウインクを返すぐらいの礼儀だって弁えている筈だ。
女好きの鬱病なんて聞いたことがないだろ。

という訳で、
そんな俺がしかし、この職場、つまりは技術系、
ああ10年を費やして、
たった一人の人間とも心開くことが無かった。
別に、俺は仕事に言っている訳だか、
職場でオトモダチを作る必要など無いし、
その方が物事が上手く回ることも熟知している、つもりだ。

だから俺は、別にそれが嫌だ、という訳で決してない。
ただ、寂しい、というよりは、退屈、というか、
つまり、まともに話ができる人間が誰もいない、という状態を、
素直に楽しんでいた、と言ったところか。

そうやって、誰一人ともまともな会話をすることなしに、
いつしか10年が流れた。
そんな暮らしを10年も続けて来た俺は、
もう立派な技術系人間なのだろうか、とも思う。

いや、と俺は思う。
そんな人間は多分俺ひとりなんだろう。
社員同士では、たとえば、アニメの話や、ゲームの貸し借りや、
ロリコン系のポルノ・アニメの貸し借りをしている奴らもいるらしいし、
俺は、アニメも見ないし、ゲームもやらないし、
アニメのポルノなど見たいとも思わない関係で、
よって、お友達ができないのだろう。
つまり、徹底的に趣味が合わないのだ。
双方が互いの趣味を相容れず、
敢て会わせる必要がない、と思っている以上、
お互いは結局、いつまで行っても平行線。

つまり、俺にとって、技術系

好きだけど愛してないの、
というせりふが昔流行ったが、
そう言った意味では、
嫌いじゃないが絶対に愛せない人々、というべきだろうか。

俺は人生のほとんどを、
憎みきれないろくでなし、でありつづけよう、
と思っていたから、
そう言った意味では、
嫌われもしないが誰からも愛されない人々は、
つまり人畜無害というよりは
恐ろしいほどに存在感のない人々は、
俺にとっては趣味が合わないというよりも、
徹底的に無益だったりする訳なのだ。

確かに、徹底的に存在感がないことで
逆に存在してしまうタイプの人々もいるが、
(これを地味王と名づけよう)
そう言った人々は実は類まれで、
あるいは、
地味王になるぐらいの地味男は、
実は親や兄弟が徹底的なろくでなしの人気者タイプで、
つまりそう言った人間の底が見えている、
あえて自分がなろうとする気もない、
という理由があったりもする訳で、
俺はそんな地味王ともダチになれるぐらいの
度量は持ち合わせていた筈である。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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