Loading…

リバーちゃんの受難

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 犬の事情
早朝のドッグラン、
朝もやの中でブーとふたりでボールボールをしていたところ、
ふとゲートの向こうから見慣れぬ犬の姿。

まるで零れるような円らな瞳をしたジャーマン・シェパード。
ちょっと内気そうな顔をしているものの、
おいでと笑いかけたとたんに千切れるように尻尾をふりながら走り寄って来て、
顔中から首から腕からとこれでもかと嘗め回した挙句に、
ごろんと転がっておなかを見せる甘えん坊。

名前はリバーちゃん。
この2月で一歳になるメスのジャーマンシェパード。
そんな愛らしいリバーちゃんに得意満面のビクターさん。
ちょっとおねえの入った小太りのおじさん。
マサチューセッツ州から引っ越してきたばかりだそうで、
今日がこの72丁目の記念すべきドッグラン・デビュー。

可愛い可愛い、よろしくね、と白いお腹を撫で上げながら、
フサフサの毛からシャンプーの香りがムンムン。
こんな可愛い子ちゃんが仲間入りなんて大喜びだね、ブッチ君、
と振り返った途端、
こともあろうにブッチ、いきなりそんなリバーちゃん目掛けて猛然と襲い掛かってきた訳で。

思わず跳ね起きたリバーちゃん、
パニック状態のまま脱兎のごとく逃げ出したかと思えば、
ブッチ君、得意の跳躍力で猛然と跳ね上がるや、
その首筋目掛けて脅威のジャンプ。
あっと言う間もなく組み伏せたかと思うと、
地響きのような唸り声を上げながら噛みまくり。
これすべて一瞬の出来事。

普段の小競り合いの時には、おい、コラ~!と怒鳴るだけで、
ピタリ、と動きを止める筈のブッチが、
その時ばかりは、止めるどころか気が触れたような猛アタックを繰り返し、
リバーちゃんの、それこそブッチの二倍はありそうかという巨体を、
喉元に食い込ませた牙でがっちりと押さえ込みながら、
思わずこっちが震えが来るような唸り声を上げながらまさに締め上げている。

こらブッチ、てめえ、こらやめろ、といくら怒鳴っても振り返りさえせず、
血走った目で宙を睨みながら、
既に抵抗を諦めたリバーの息の根が止まるのを今か今かと待っているようで。
その時ばかりはさすがに、これはヤバイ、と思わず足がすくんだ。

ビクターさんの、止めて、止めて、止めさせて~の悲鳴に我に返って、
噛まれるのを覚悟、満身の力を込めて暴れるブッチを抱え上げえ、
なんだよ、てめえ、やるのか、とばかりに、
勢いあまって思わずバックドロップ!
をかけようとしたところで、ヒャンとひと鳴きしてようやくおとなしくなったのだが。

という訳で、
いまだ興奮冷め遣らぬブッチをリーシュでつなぎとめてから駆け寄った時には、
まるで気を失ったかのようなリバーちゃん、
ショック状態なのか地面に転がったまま微動だにせず。
その前で指を咥えておろおろと泣きべそをかくオカマ、じゃなくて飼い主のビクターさん。

おいおい、まじ、大丈夫か、と抱え上げたリバーちゃん、
まるで車に跳ねられたように硬直した身体中で筋肉がこちんこちんに縮み上がっている。
まさか心臓麻痺?と慌てて胸を擦り始めたら、ようやく目をぱちくりとさせてブルブルと頭を振り、
とした途端、
いきなりキャンキャンキャンと耳の劈くような悲鳴を上げながら出口にフラフラと足をもつれさせては、
たどりついたドアの前で身体を丸めて再び動かなくなり、と見るからにちょっと危ない状態。

しかしながらブッチ、
そんな瀕死状態のリバーちゃんの断末魔に逆に猛り狂っては猛然と吠え立て初めて、
いまにもつないだリーシュを引きちぎりそうに暴れ狂っている。

あのなあ、おまえ、どうしちゃったんだよ、と振り返ったブッチ。
見れば顔中がリバーの毛だらけ、どころか目の前にぶら下がったそれこそタワシ大の塊が邪魔臭いのか
ブルブルと頭を振っては顔を掻き毟っている。

お前、そこを動くな、と叫びながら、
ビクターさん、早くリバーを外に出して、と言ったとたん、
いきなりガチンと音が響いたかと思うや、
リーシュの金具を引きちぎったブッチが、まるで獲物を追う狼のようにリバー目掛けて大突進。

思わず、金切り声を上げるビクターさんとリバーちゃんのキャンキャン悲鳴と、
そして俺の怒声の中、
まさにロケットドッグと化したブッチ、
1-2-3のステップで一挙にフェンスを飛び越えようとしていたところを
PKを止める決死のゴールキーパーのように
寸手のところで押さえ込んだ時にはもう全身に冷汗がだらだら。

あのなあ、と。

フェンス越しに米搗きバッタのように頭を下げながら、
やれやれ、とブッチの表情を見れば、
遠ざかっていくリバーの後ろ姿を睨み付けながら、
懲りずにグルグルと喉を鳴らして唸り続けている。

という訳で、いやはや、
このドッグランでも有名なおりこうさんの筈のブッチが、
まさかこんな野獣を発揮するなどとは夢にも思わず。

お前もやっぱり犬なんだな、と変に関心しながらも、
ため息をつくやしばらく腰が抜けて立ち上がれなかった。

なんてことがあった数日後、
改めて向かったドッグラン、

木立の中から響く犬達のはしゃいだ鳴き声の中から、
いきなり耳をつんざく甲高い悲鳴がキャンキャンキャンと響き渡り。

あ、これはやばいぞと、慌てて走りこんだところ、
今度はこともあろうに、あのスーパー平和主義犬のラブラドルのルーシーちゃんが、
いきなり足の下に押さえ込んだリバーをそれこそ嵐のように噛みまくっている。

思わず大人四人かがりで引き離して、
とりあえずリバーを小型犬用の柵の中に非難させ。

今度ばかりは大型犬同士の争いとあって、
リバーちゃんのそのいたいけな顔中、
口の端から耳から目の下からと傷だらけ。
それこそこれ以上なく悲しい瞳でクンクンと鼻をならすリバーを思わず抱きしめて、
バッグの中から救急用の抗生物質クリームから包帯からで大童。

で、張本人のルーシー。
柵の向こうから仲良しのブッチとふたり並んでそんな大騒ぎを眺めていたのだが、
そのうち見物にも飽きたのかブーとふたりで猛然とレスリングを始めるや、
いつものように植木の周りをぐるぐるとおっかけっこで超ご機嫌がまるではちきれそう。

あのなあ、と。さっきまでの激昂はいったいなんだったのか、と。

で、まあとにかく近所の獣医さんに行っておいた方がいいやら、
保険の番号やらなにやらをやっていた最中、
まるでアルマジロのように丸まったまま硬直していたリバーちゃんが、
ようやく気を取り直して起き上がった途端、
いきなり背後から、まるでぬいぐるみのような小型犬たち、
ポメラニアンがジャックラッセルがチワワが、
パグがフレンチブルドッグがダックスフンドが、
いっせいに取り囲んで、ギャンギャンと吼え声の嵐。

おいおい、お前ら本当にいったいぜんたいどうしたのか、と。

さすがにその時ばかりは、犬どもにしかわからないその不思議な共通認識に首をかしげ、
思わずリバーの顔をしげしげと見つめてしまったのだが。

しかしながら、そんな散々な目に会いながらも、
それでもめげずにやってくるビクターとリバーちゃん。

この間はいきなりドッグランのアイドル、キャトルドッグのミニーちゃんに全身を穴だらけにされ、
普段はまるで兵隊のように訓練されたロットワイラーのジンジャーからは首の骨が折れるかというぐらいまで痛めつけられ、
同じジャーマン・シェパードのデクスターに至っては、
リバーがドッグランの入り口に立った時点で猛然と襲い掛かっては狂ったように吠え立てられ、
ちょっとおしっこだけでも、どころか、柵のドアを開くことさえもできず。

諦めて隣りの公園のドッグランまで足を伸ばしたところ、
そこでも待ってましたとばかりに、ドッグラン中の犬という犬から、これでもかと追い掛け回された挙句、
ベンチの下に逃げ込んだところをそれでも足りずに無茶苦茶に噛み付かれたそうで、
その時には興奮した犬どもを一匹残らずドッグランから連れ出すまでは、
ベンチの下から微動だにできなかったそうだ。

という訳でこの円らな瞳のリバーちゃん。

どこに行ってもどんな犬にでも徹底的に苛め抜かれる訳で、
しかし飼い主のビクターも含めて、周囲の人間達にはその理由はさっぱり判らず。

そんなリバーちゃん、まるで諦め切った表情で、背中を丸めては、おどおどするばかり。
今となっては遠くで犬の鳴き声がする度に、ヒャンと叫んで足がすくんで動けなくなってしまうようで。

一体全体このリバーちゃんの受難、その原因はどこにあるのだろう。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム