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子供の頃に親に叩かれたことがあるだろうか

Posted by 高見鈴虫 on 16.2012 犬の事情
子供の頃に親に叩かれたことがあるだろうか。

もし叩かれたことがあるとすれば、
どんなに幼かったとしても、
不思議なことに、いくつになっても、それを覚えているのはないだろうか。

いつしか叩かれた理由を忘れてしまったとしても、
いつしか自らが親の年齢になり、子を叩く親の気持ちに気づいたとしても、
やはり心のどこかに、
あの時、親に叩かれたな、という思いは依然として残るものだ。
それはつまり、
叩かれることの痛みとともに、恐怖と、
そして怒り!を覚えているからだろう。

気持ちの上ではいくらその理由を納得しようとしても、
身体はそれを忘れたりはしない。

という訳で、犬、である。

犬を叩いてはいけない。
犬は叩かれたことを覚えている。
恐れとともに、痛みとともに、悲しみとともに、そして怒りとともに。
犬はそれをいつまでもいつまでも覚えている。
気持ちの上ではいかに整理をつけようにも、
身体がそれを忘れてくれないのだろう。
それはまさに人と同じだ。

親に叩かれた時の悲しみを、犬はその小さな身体に蓄え積み重ね、
そしてそれはいつか、形を変えて暴発することになる。

心あるものは、
やられたことはやりかえそうとする。
愛を受ければ愛を、怒りには怒りを、
そして、殴られれば当然、殴り返そうとする。

理不尽に殴られた痛みを抱え込み自浄できるほどに心の機能は強くはない。

やられたことはやりかえすのは、
心が痛みに潰されてしまわないための自助行為なのだ。

がしかし、そこには立場というものが存在する。

子供が家を追い出されては生きていけないように、
犬も飼い主に刃向かっては飯の食い上げ、
下手をするとシェルター行き、あるいは、あの世行きだ。
それぐらい、子供にだって犬にだって判っている。

ちなみに俺は、物心ついた時から徹底的に殴られて育った。
自称、戦前教育の推奨者であった親父には、
それがいかに理不尽なものであっても、
刃向かったとたんに、鉄拳が飛んで目から火花。
驚いて泣き出したとたんに家を出てけと裸足で放り出された。
泣けば殴られ、殴られればまた泣き、
その終わりのないイタチごっこの結末の末に、
泣くこともできない程に徹底的に殴られる。
そんな俺は、そうやって親に殴られた怒りを
学校で晴らしていたところがあるのかもしれない。

いじめっ子であったつもりはないのだが、
いざ、となったときには徹底的にやった。
人には言わなかったが、それが楽しみでさえあった。
他人の喧嘩の仲裁を建前に、他人の喧嘩にさえも口を出しては、
英雄気取りで女の子の前で格好つけたりしたものだ。
つまりは、なにかにつけて口実を見つけては、
人を殴る機会を探しているだけの話だったのだが。

学業的には優等生で通っていたのだが、
がり勉の癖にラフなスポーツが大好きで、
はしゃぎ過ぎた挙句に乱闘になって鼻血を出しても、
ゲラゲラと笑っていて他の仲間にも気味悪がられたりもした。

ピアノの練習の代わりに空手を習いたかったが親は許してくれなかった。
その代わりに剣道教室に入れられたが、
剣など使わずコテを使ってボクシングばかりやっていた。
塾など行かずに死ぬまでサッカーをしたかったのだが、
学費を払ってあるのだから、と叱られた。
その腹いせに、塾の行き帰りで他校生を待ち構えては喧嘩ばかりしていた。
家では馬鹿になるから、という理由でテレビを見せて貰えなかった。
その代わりに本を読め、と言われた腹いせに、
死ぬほど、寝不足で倒れるまで、本を読んでやった。

俺はそんな餓鬼だった。
なにかに対して、徹底的に腹を立ていたのだろう。

傍目にはいい子で通っていることを知っていたが、
それはまだ俺が餓鬼で、一人で生きていく力がないせいだ、と思っていた。
一人で食えるようになったら、黙っちゃいねえぞ、といつも心の底で思っていた。

いい子で暮らさざるを得ないこの立場を、
自分自身が弱いためだと思っていた。
そして自分をそんな弱い立場に閉じ込めているこの大人たちの世界を、
心の底から憎んでいたのだと思う。

いまに見ていろ。
俺が弱くなくなった時には、
これまでのツケを徹底的に倍返しにしてやるからな。

そんな具合から、俺は歳が行けば行くほどに、
ありとあらゆる物に徹底的に刃向かうようになった。

まずは鯱ばった教師は死ぬほど嫌いだった。
威張り腐った先輩や、PTAのおばはんから、偏屈者の近所のおやじから、
それを敵と見据えて標的にさえしていた。
当然のことながら、それは後に対象が、
隣のクラスのガキ大将になり、
上級生になり、隣りのチームになり、
そして、警察になり、地回りのやくざになり、
そして知恵をつけた後は、国家権力、や、
鬼畜米英イスラエル、などに摩り替わっていくのだが、
どんな陳腐な理屈をこねたにしても、
元を正せば、それは、
あの時、虫の居所が悪かった親から、理不尽に(多分)叩かれた恨み、
それを怨念のように抱え込んでしまっていたからかもしれない。

高校に入り、ついにドジを踏んで警察にぱくられた時、
警察からの電話に出た親父は、
その子、実はガキと言ったそうだが、はすでに勘当しています。
親子の縁を切った後だから私には関係がない、迷惑です、と電話を切ったそうだ。
普段は粋がったガキどもが、
迎えに来た親に連れられてとぼとぼ帰る友たちの姿を嘲笑いながら、
馬鹿やろう、せいせいすらあ、と嘯いていた俺は、
当然のことながらその後、徹底的に警察のマークにあって、
理不尽とも思われる強引さで家庭裁判所に送られる羽目になった。

六角橋の裁判所に、当然のことながら親父はこなかった。
代わりに付き添ったおふくろが、
帰り道に寄った喫茶店で、さっそくタバコを咥えてた俺を前に、
昔はあれほどいい子であった筈なのに、とさめざめと泣いた。
あのなあ、といいかけて辞めた。
どれだけ口で言ったって、泣いて訴えったって、
あるいは殴りつけたって、この親に俺の気持ちは判るはずもないと、
心底諦めきっていたのだ。

高校は出る。
学費を出してもらったからね。
それは約束する。卒業まではダチの家で暮らす。
その後はお互い後腐れなし。
死のうが生きようが俺の自由とさせてくれ。
大学に行くときには自分で学費を払うし、
結婚する時には勝手にする。
いっさい迷惑はかけない。
だから今後、俺の人生にいっさい構わないでほしい。
迷惑はおかけしたくないので、と敬語を使ってなるべく慇懃に言った。
ただ、ただ、
犬のことだけは申し訳ない。連れて行ってあげられないが、
もう年なので散歩の必要もないと思うが、
できれば、もしもほんの少しでもわが子に愛情が残っているのなら、
あの犬のことを、俺の分身だと思って可愛がってあげて欲しい。

その後、七転八倒の末に、
家どころか日本を出ることになり、
世界放浪の中で、やるべきことはすべてやった末に、
そして今、謎の東洋人としてこうしてアメリカに暮らしている訳なのだが。

話が反れた。

そう、犬の話だ。

しかしながら、そんな目に会いながらも、
いや、逆に、
そんな自分の生い立ちの不幸にこじつけるように、
子供を甘やかしてはいけない、
子供の躾けには、多少のゲンコツはやむ終えない、
そうしないと鍛えられないではないか、
弱い子になってしまうぞ、
などと思っていたが、

いまになって犬を育て初めて、その間違えが身に沁みた。

犬を叩いてはいけない。

犬に限らず、動物を、心あるものを叩いてはいけない。
それは百害あったとしても、一部の利さえもない。

それがどんな理由であったにしても、
暴力はペイしない。絶対にだ。
誤解されこそすれ、その意図は絶対に理解されることはない。

そんな犬の例を、これまで山ほど見ることになったのだが、
悲しいことに、そして当然のことながら、
俺はそんな犬たちを、どうしても放ってはおけない。

そしてそんな俺は、当然のことながら、
そんな犬たちに死ぬほど人気がある、という訳だ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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