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馬鹿な犬の飼い主は大抵馬鹿である、ということのその意味 3

Posted by 高見鈴虫 on 17.2012 犬の事情
各なる俺も、
ブーがやって来たばかりの頃、
つまり、生後三ヶ月の子犬だった頃、
犬の躾けについて、かなり甘く見ていた。

まあそのうち、とか、躾けなどしなくても犬は勝手に、とか、
犬は本来そういうもの、とか。

なんだかんだと、曖昧な持論を言い訳にしながら、
可愛い可愛いとじゃれ回したり、
或いは、おい、馬鹿やろう、なにすんだよ、と一方的に叱り付けたり、
とそんなことばかりしていた。

これまで、犬を飼った経験の無かった妻は、
そんな俺の言葉をそんなものか、と首をかしげてばかりいたのだが、
ある日突然、犬の躾けの教科書、を買って来て、でんとキッチンのテーブルの上に置いた。

なんだこれ、と俺。
こんな参考書通りに、すべてが上手くいくものか。
まったく、がり勉の優等生はいくつになってもがり勉の優等生のままだな。

と言いながら、
ふと見ると、それまで、寝ている時以外は徹底的に暴れまわる以外なにもしたことのなかった筈のブーが、
いつのまにか妻の足元にしおらしくお座りをしているではないか。
はい、いい子、とトリートを一欠けら。
はい、遊んでらっしゃい、と同時に部屋中を走り回り初めて、
おお、それでこそ野生児、わんぱくでもいいたくましく育て、と言っているそばから、
ブッチー、おいで、の妻の一言に、
パタリ、と動きを止め、一目散にキッチンの妻の足元に馳せ参じる。
お座り。はい、お手。はい、伏せ。はーい、よくできました。はい、ご褒美です。

あのなあ、と俺。
そんなことをやってると、おやつがなかったら何もしないような卑しい奴になっちまうぞ。
とちょっと不満げに舌打ちしながら、しかし、そう言えば俺が呼んでも、来たことがねえなあ、と。

そうこうするうちに、
いやに散歩が楽になったぞ、あ、そうか、ぐいぐい引っ張らなくなったせいか、とか、
他の犬とすれ違ってもいきなり飛び掛ったりせず、
黒人やら老人やら工事中のおっさんにも吠えかからなくなったし、
赤信号にかまわず通りに飛び出そうとしたり、交差点の真ん中で座り込むこともなくなっていた。

やれやれ、
お前もずいぶんと飼いならされたものだな、と訳の判らない皮肉を言いながらも、
いつしか、拾ってきたボールをいつのまにか足元に落とすようになって、
さすがにがり勉の優等生的な「教科書どおりの躾け方」に一目置かざるを得なくなった。

あのきかんぼ三昧の野生児がなあ。

散歩の途中、何度も目を合わせながら、
なんだよ、とあごをしゃくると、二カッっと口を開けて笑う。
またトリート、なにかいいことしたのかよ、と首を傾げながらおやつを一粒。
で、交差点で、おいちょっと待て、と言う前にすっとお座り。そして二カッとひと笑い。
これじゃあおやつがいくらあっても足りねえな、と思いながら、
もしかし、これが一生続くわけじゃねえだろうな、とちょっと不安にもなりながら。
目が合う度におやつ一粒。ボールを持ってきて一粒。喧嘩を思いとどまって一粒。
吼えるのを止めて一粒。こっちこい、と名前を呼んで帰って来たら一粒。

そうこうするうちに、
いつしか散歩の時には綱があってもなくても俺の足元を離れないようになり、
いつしか自転車と一緒に遠出にも出れるようになり、
いつしかテニスコートでボールボーイも務まるようになり、

そしていつしか、

おいブー、悪い、そこのシャツとってくんね?
どれ?これ?
いやちがう、その向こうの、
これ?それともこっち?
いや、そうその、そっちの、そうそう、それそれ、サンキュー。

ぐらいのことができるようになって、

そしていつしか、
おい、この封筒、マミータのところにもってって、
あれまあ、ブッチ、ありがとう、探してたのよ、どこで見つけたの?

なんてことまでできることもできるようになっていた。

という訳で、
いつの間にやら、アパートでもご近所でも、そしてドッグランでも、
誰もが認めるおりこうさんナンバーワン。

犬の躾けに手をやく人々から、口々に、
あれまあ、おりこうさんねえ。
どうやって躾けたんですか。
から始まって、
できればうちの犬の躾けもやって貰えませんか、
とまで言われるようになっていた。

まさか、と俺は仰天してみせる。
マジ顔で、あんたは世界で一番おめでたいアホだ、という顔で目を見張ってやる。

こいつがおりこうなんて、とんでもない。
子犬の頃はとんでもない暴れん坊で、ドッグランに来るたびに喧嘩ばかりしていた。
まだまだ、俺はこれっぽっちもこいつを信用してないぜ。
一皮剥けばただの野獣。犬を信じちゃいけませんぜ。

まさか、と人々。
ほら、こんなに可愛くて、おりこうさんで、
と言っているそばから忍び寄ってきた間抜け面のシェパード、
甘えた振りをしてブーの咥えたボールにちょっかいを出そうとした瞬間、
おい、やめろ、の声の一瞬早く、
目にも止まらぬ先制攻撃の一撃を受けてびっくり仰天、とたんに尻尾を丸めて泣き叫び始める。

ほら、言わんこっちゃ無い、目を離すともうすぐこれなんだよ。
だからこいつといる時には無闇に俺に話しかけないでくれ、と。

逃げるようにドッグランを退散しながら、ふと顔を合わせてニヤリ。
馬鹿タレが。俺らのボールに手を出そうなんて十年早いぜ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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