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所詮は犬の事情な訳だ

Posted by 高見鈴虫 on 30.2012 犬の事情
という訳で、
土日であろうが連休であろうが、
朝は6時に起きる訳だ。
なぜかと言えばまあ犬に起こされる訳だ。
6時の目覚ましが鳴ったとたんにベッドの上で飛び起きて、
で、鼻の頭やら開いた口やらをぺろぺろ舐められて、
で、控えめに、ではあるが、
顔の上に手を乗せられたりする訳だ。

通常、室内飼いの犬の手と言えば、猫のようにふにゃふにゃとピンク色で柔らかく、
という訳なのだが、
果たして我が家のバカ犬、散歩に散歩しつくしている関係上、
それはまるで石のように硬い。
おまけにそれは一面ささくれて、まるで鑢のようにざらついている。

その手で、顔を上をざらりざらりと擦られるわけだ。
これはまじで、しゃれにならないぐらいに痛い。
これならまだ鼻の頭を齧られたほうがまし、という訳だ、。

という訳で、額の真ん中にそんな鑢のついた手がぼてりと落とされ、
なあ、朝だぜ、起きようよ、散歩に行こうよ、ぴーぴーぴー、とやられるわけだ。

普通そんなことをされたら、
なにをするんだこのやろうとぶち切れて、パンチの一発でも食らわせそうになるが、
しかし、
ふと目を開けると、目をくりくりさせて俺の寝顔を伺う顔が、
俺の鼻息に首を傾げる様が、俺の寝息をクンクンと嗅ぎまわる仕草が、
もうなににもまして可愛い訳だ。

で、悪い、もうちょっと、もうちょっとだけ寝かせてくれ、
と毛布を被ろう物なら、
おーおー、そっちがその気ならこっちもその気だぜ、
とばかりにベッドの上で一人で運動会を始めるわけだ。

という訳で、さんざん蹴られむしられされた挙句に、
ようやく寝ぼけたままでゆらゆらと散歩に行くわけなのだが、
大抵は裏のドッグランなのだが、
どういうわけか、今日は休みだ、
という日はきまって逆の方向、
つまりはセントラルパークに向かおうとする訳だ。

犬がなぜ今日は休みだ、ということを知っているのか、
は判らないが、
まあ、大抵においてそれは当たっているので、
深くは考えないことにしている訳だ。

で、公園についたらボール投げをする訳だ。
これはもう、公園につく前から、
公園が見えたあたりから、
ボールよこせ、ボールよこせと催促される訳だ。
で、これでもか、というぐらいにボールを投げさせられる訳だ。
足元にボールを落とされた時にはサッカーな訳だ。
これがもう、果てしなく際限なく続くわけだ。
俺としてはもう眠くて眠くてなのでおもわずベンチに座り込んでしまいたいのだが、
そうするといきなり泥だらけの足で膝の上に乗られたり、、
砂と涎でぐしょぐしょのボールを頬っぺたに押し付けられたりする訳だ。

で、もう時間だ、まじでやばいんだ、おい、置いていくぞ、
という段になって初めて、それも渋々帰るわけだ、
で、足洗って手を洗って、身体の砂を落として、
飯食わして水やって、とやっているうちにすでに時間を過ぎている訳だ。
という訳で今日も車を運転しながら髭をそり、運転しながら髪を梳かし、
運転しながら朝飯を食い、がしかし会社に着いたら必ず遅刻な訳だ。

で、仕事はというと、これがまた下らない訳だ。
いてもいなくても誰も困らないタイプの仕事な訳だ。
が、俺がやれば1分もかからないことを、
素人がやると3年経ってもまったく埒の明かないタイプの仕事なので、
どれだけ手を抜いてもまあお払い箱になることはまずないわけだ。
俺がなにをやっているか、誰も知らず知ったとしても理解できない訳だ。
つまりやる気になったときにだけ仕事をすれば良い訳なのだが、
しかし、俺の代わりのスタッフが1日かかる仕事を、
俺はほとんど秒殺でこなせる訳なので、
だから俺が遅刻をしようがぶらぶらタバコばかり吸っていようが、
まあそれはそれでOKな訳だ。
つまりこの仕事において俺は、オーバークォリファイドな訳だ。
やりがいという意味から言えば皆無。
達成感という言葉を聴くだけで笑ってしまうぐらいに下らない仕事だ。
面白いか、と聞かれれば、そう見えるか?と答えてしまうぐらいに仕事の面白さからは縁遠い仕事だ。
がしかし、それはそれで良いのだ。
なぜかと言えばそれは俺が望んだことだからな訳だ。

つい数年前まで、
俺は土日なし祭日なしどころか、昼も夜もないような暮らしをしていた。
出張と現場の永遠の繰り返し。
窓のない部屋で朝から晩まで。
睡眠は主に移動中と会議中にとっていた。
今日の日付と現在の時間をなんど書類に書き込んだとしても、
それが現実の時間の感覚が完全に失せていた。
In09:AM OUT03:00AMと書きながら、
いったいそれがなにを意味するのかまったく判らなくなっていて、
ああ、終わった終わったとビルを出たらいきなり真っ暗、
あるいはいきなり夕日、いきなり朝焼け、
挙句の果てに、いきなり目の前を、祝日のパレードが通りすぎていって、
いったいここはどこなので俺はだれなのだ、とまじめに首をかしげたことも幾たびか。

とそんなことをやっていた俺が、
ふと、犬をアダプトしてしまってから、
もしかして、犬なんか飼ってしまったら、
仕事ができなくなるのではないか、ということについてはなぜか考えが及ばなかった。
犬はすでに飼ってしまったのだ。
仕事ができないのならできないで仕方がない、と思った。
という訳で、
会社にそう言った。
犬を飼ったので、もう出張にはいけない。
残業もできない。休日出社もできない。
どうしてもしかたがないときには5時にいったん家に帰る。
で、9時過ぎに帰ってくる。
それから続きをやって、朝5時にはいったん帰る。
で、9時に帰ってきて・・・

という訳で、さすがにそれでは仕事にならなかった。
しかたがないですね、と俺は言った。
しかたがないですね、犬を飼ったので。

という訳で、
最前線というよりは、敵地のど真ん中に単身でパラシュート降下、
絶体絶命のピンチを命からがら繰り返して冷徹に激烈に任務を遂行し、
奇跡的に生還を果たしたその足で再びパラシュートを背負ってヘリに乗り込む、
という暮らしから、
風にそよぐ稲穂の海を日がな一日眺めながらカラスを見張っているような、
そんな現実に迷い込んでしまった訳だ。

という訳で、こんな暮らしも一年たった。
もう現場復帰は無理だろう、と言われている。
無理なことはない。
俺はいつでも前線に行ける。その準備はいつでもできている。
が、さて行きたいか、と言われれば、いや、もういい、と答えるだろう。
なぜかと言えば、バカバカしくなってしまったからかもしれない。

ああ、そう言えば、去年の今頃はあんなところであんなことをやっていたな、
などと思いながら日々を過ごしていたら、
いきなり神経性胃炎でぶっ倒れて救急病棟に担ぎ込まれた。
10年間、鉄人の名を欲しいままにし、
自分自身も俺の身体は鉄でできていると思っていた俺が、
まさか、と絶句した。
今の客先の人々は、こちらの仕事が辛すぎたのか、と心配してくれた。
昔の同僚は、いままで溜まっていた疲れが出たのだろう、と慰めを言った。
その中には、くそ、いっそのこと死ねばいいのに、と思っている奴が少なからずいることも知っている。
が、しかし、理由は俺自身が一番よく知っている。
極度の緊張状態におかれた日常をあまりにも長い期間過ごしてきたものにとって、
まるで緊張のない日々というのは、逆にとてつもないストレスになるのだ。
それはまさにPSDと同じ症状だ。ああ、現場が俺を呼んでいる、
などというつもりはないが、まあつまるところそういう話だ。

が、しかし、胃に穴を開けたぐらいでは、俺はこの仕事を放棄する訳にはいかない。

俺は6時に起きて犬の散歩、おしっこしてうんちしてボール投げ100回。帰って足洗って身体拭いて飯やって水やって、
で、6時に帰って犬の散歩、おしっこしてうんちしてボール投げ100回。帰って足洗って身体拭いて飯やって水やって、
10時に出て犬の散歩、公園の隅から隅まで走り回ってボール投げてサッカーやってフリスビーやっておいかけっこやってかくれんぼやって、
帰って足洗って身体拭いて水やって歯を磨いて傷を調べて薬をつけて。
で、ようやく寝入ったところを、怖い夢をみただ、隣の部屋に上の部屋に下の部屋に誰か来たみたいだ、
挙句の果てに、喰いすぎた下痢だ、喉が渇いた腹が減った、と起こされて。

これなら現場の修羅場で血の汗ながしていたほうがなんぼか楽だったような気がする訳だ。

つまりだ、俺は人生の苦労をアップグレードしてしまっていたわけなのだ。

と言うわけで、寝不足と筋肉痛と胃痛と腰痛とで身体がぼろぼろな訳だ。
これほど身体がぼろぼろになりながら、なぜ朝6時に起きて100回ボールを投げるか、
といえば、犬を飼ったからな訳だ。

犬を飼うということはそれだけ大変な訳だ。

がしかし、それだけの犠牲を払い、多くのものを諦め、失ってもなお、
なぜ犬を飼い続けようとするのかと言えば、

そんなことは簡単だ。それが犬を飼うということだからだ。

所詮は犬の事情なのだ。
当然ではないか。
それだけで十分。
それだけで十分な訳だ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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