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2012年6月21日 UWSのあまりにもありふれた朝

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 犬の事情
6月21日

朝5時半、
なぜかこんな時間に目が覚めたと思えば
それはベッドの上で大騒ぎをしている奴がいる訳である。
これはもちろん我が妻がバイブで悶絶、している訳などではなく、
我が家の三歳になる駄犬がベッドの上でボール遊びを始めた訳である。

どこでみつけてきたのかオレンジ色のスクイーカーボール。
これをシーツの中からほじくり出して口にくわえるのはいいのだが、
どうも最近こやつはボール遊びのし過ぎで牙の先が丸くなってきてしまったようで、
銜えたとたんにボールがぴょんと飛び出してしまう。
それを追ってまたボールを銜えまたピョン、こなくそ、というのを一人で繰り返していたわけだが、
ふと、俺の顔を振り返る。
慌てて目を閉じて寝たふりをするのだが、
鼻や口のあたりをふんふんとかぎまわった挙句、
恐れていたように、いきなり顔をの上に、
涎に濡れ濡れたゴム製のスクイーカーボールを落とされた訳だ。
やれやれ、判った判った、と首を上げた途端に飛び掛ってきて後はもみくちゃ、
まあいつもの奴なのだが、どうも今日に限ってそれが一時間早い。
飯の時間と散歩の時間だけは一分一秒の間違いもない鋭敏な神経を持つこの駄犬、
まさか時計が狂っているのか、あるいは、もしかして、また下痢でも起こしているのか、
とそそくさとあるものを着込み、はだしの上にそこに縫いであったスニーカーをつっかけては慌てて外に走り出た訳だ。
という訳でニューヨークの朝の6時である。
朝6時と言っても夏時間の影響で日はすでにさんさんと射している。
今日は暑くなりそうだ、また記録的な暑さ、になるそうだ、
と昨日寝る前に我妻の話していたことを思い出す。
やってきたエレベーターの中に犬の写真が一枚。
コニー 5/21/99 - 6/20/12 とある。
ああ、あのふとっちょの老犬、昨日死んだのか。
朝にこうして散歩にでるたびに、アパートをでてすぐのジャコモベイカリーのベンチの前で
飼い主のRICKがコーヒーを飲んでいたっけな。
どうしてこんな近くでコーヒーなど飲んでいるのか。どうせなら公園にでも行って走らせてやればいいのに。
それほど犬の散歩が面倒なのか、見ろ、この犬の太った様を。まるで樽ではないか。
と、朝の散歩の度に思っていたのだが。
そうか、あのふとっちょの老犬、この暑さが耐えられなかったのかな。
という訳で足元のブッチであるが、どういう訳か今日はいきなりハイパーである。
眠気覚ましにタバコでもと思った手をいきなり引っ張って赤信号の交差点をそのまま突っ切ろうと言う気か。
という訳で走りこんだリバーサイドパーク。
着いた途端にドッグランからの犬たちの吼え声が響いてくる。
やれやれ、あの声はラルフィーとハンターと、それにアビーとローズを居るみたいだぞ、
と思ったとたんに走り出した我が家の駄犬。
もはや手にひっかけたリーシュを振りほどき一目散にドッグランへの扉へと走って行く。
扉を開けた途端、走りこんで来たのはハンターだ。
既に体中がびしょ濡れの砂だらけでもはやボロ雑巾状態。
これが胸をめがけて思い切りジャンプしてきて、おおおお、きったねえ、と叫びながらも思わず抱え上げ、
途端に地面にひっくり返って腹を出したハンターが、撫でろ撫でろと大催促、
このやろー、このボロ雑巾や労、おまえは、モップか、便所のタワシか、
とやっていたらいきなり、背中から、飛び掛るというよりは、覆い被さるようにしてラルフィーが圧し掛かってくる。
承知の通りこいつも全身ずぶ濡れ泥だらけでボロ雑巾状態。
ちょうど座ったまま子供をおんぶした状態で、さあ、行け、さあは知れ、とばかりに首から耳から頭からを舐めまくって、
一瞬のうちに涎れまみれ。
あのなあ、お前ら、という前にいきなり我が家の駄犬のブッチ。
泥団子のように真っ黒になったテニスボールを放り投げては、さあ投げろ、と飛びはね始める。
途端に跳ね起きたハンターとラルフィー。
いきなり遠吠え一発響かせるや一目さんに走り始める。
高く投げ上げたボール、まずはダイレクトキャッチを狙ったブッチ、惜しくもタイミングが合わず、
バウンドした玉が花壇のフェンスにぶつかって再びバウンド。
すかさず走りこんだハンター、がしかし、突進してきたラルフィーに弾かれて転がされ、
訳もわからず踊り込んだアビーとローズとそれに訳のわからないラブラドルとシェパードとピットブルとパグとチワワとマルチーズが、
うなり声を上げながらもみくちゃのスクラム状態。
しばらくしてドッグラン中にもうもうと立ち上った砂煙のなかから、
得意そうにボールを銜えたブッチが踊るように駆け寄ってくる。
飼い主たちの笑い声とそして溜息。
やっぱブッチよね。
という訳で、帰って来たとたんにさあ投げろ、とボールを手の中に押しつけてきて、
その時にはすでにドッグラン中の犬と言う犬が俺の前に勢ぞろい。
押すな押すなとやっているうちに、てめえ、なにすんだ、ととたんに喧嘩。
おい、てめえら、やめろ、と振りかざしたボール、
といきなり上から水しぶきが降ってきて。
犬が喧嘩を始めたと思った飼い主がホースで水をかけ始めた、
という訳で、俺も犬も頭からびしょ濡れ。
あのなあ、と苦笑いしながらもボール投げ、
泣き声遠吠えうなり声、立ち上る砂埃り。
お前ら朝から元気だな、まったく。
犬だものな、そうこなくっちゃな。

という訳で7時のアラームが鳴り出した時には
肩で荒い息をする犬たちがごろごろと砂場に転がっていて、
その上から再び水のシャワー。
はしゃいで飛びついてくるやつ、逃げ回る奴、諦めて目をしばしばさせている奴、
とりあえず、みんな並べて水をぶっ掛けて。

その中で、巧みなステップで水をよけ続けたブッチ、
いきなり手元のホースめがけて飛びついてくるや、
走る水めがけて噛み付いてくる。
とたんにブッチに跳ね返った水が視界いっぱいに弾け飛び、
哀れ俺も頭からびちゃびちゃ。
こうなればついでだ、砂を流してしまえ、と頭から水を被って、
いつしか俺も犬同然。
と、自身の犬を迎えに来た飼い主、
さあ、おいて、とリーシュをかけようとしたとたん、目も前でぶるぶるとやられたものだから、
これもいっしゅんのうちに顔中が身体中が水まみれ砂まみれ。
飼い主たちの悲鳴にはしゃいだ犬が再びじゃれ始め転がり始め、
みるみるうちに元の木阿弥のボロ雑巾状態。

という訳で、2012年6月21日 朝7時。
ウェスト72丁目のドッグランは犬と飼い主たちの嬌声を後に、
遅刻だ遅刻だ、と家に急ぐ人々。
どの人も、いま起きてきたばかりのダラダラのTシャツにでろでろの短パンか伸びたスエット姿。
それに加えて身体中がびしょ濡れ砂だらけ泥だらけ。
見下ろす犬どもは既に生き物であることが信じられぬほどに頭から尻尾まで
どろどろの泥人形状態。
がしかし、大きく開いた口から長く伸びた赤い舌。
どいつもこいつも思い切り心の底からゲラゲラと笑っている。
そして飼い主たち、
じゃね、また明日、あるいは、あとで、と挨拶をする顔、
これも一様に、ゲラゲラ笑い。
このホームレスも避けて通るような泥だらけの人々。
まったくどいつもこいつも朝の6時からご苦労なこった、
と思わず苦笑い。

とふと見ると、ジャコモベイカリーの前のベンチ、
一人呆然とコーヒーを飲むリックの姿。

ああ、リック、とその姿に思わず言葉を失う。

やあ、とリック。
思わず見つめあい、そしてうなづき合い、肩に手をかけようとして
泥だらけの手を慌てて引っ込めて。

と、いきなりブッチ、銜えたボールをリックの膝の上にポトリと置いた。

静かに微笑むリック。泥だらけのボールを見つめるその目がみるみる膨らみ始め、
思わずもらい泣きをしそうになったところで、またブッチの奴めが膝に飛びついてきた。

判った判った、と泥だらけの頭を撫でる。

じゃあ、とRICKに挨拶をして、泥だらけのままエレベーターへ。
エレベーターの扉が閉じた途端、思わずブッチを見つめ涙がじわー。

RICKの奴、いつもあそこに座っていたのは、
犬の散歩が面倒くさいからではなくて、
あの老犬はあそこまで行くのが精一杯だったってことなんだな。

と、それに引き換えこのブッチ野郎。
ドアが閉じた途端に、さあ、ボール投げろ、と暴れ始める。

あのなあ、こんな時間に廊下でボール投げなんかやってると、
マジでアパート追い出されちまうぞ。

と、そんな騒ぎが聞こえたのか、アパートのドアが開いて顔を出した我妻、

おっと、気をつけろ言う暇もなくボールを加えたまま飛び込んだブッチ、

きゃーなにこれ、泥だらけ、と我妻の悲鳴が響き渡る。
ああ、やめてやめて、という声、あっちゃ、やっちゃった~。

まあね、犬なんてものは苦労かけられているが花。

これからもそしてこの先も末永く、じゃんじゃん苦労をかけて欲しいものだ、
と今日は妙に寛容な俺であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり
実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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