Loading…

レスキュードッグ・ブルース まっちゃん

Posted by 高見鈴虫 on 20.2012 犬の事情
月曜の朝、まっちゃんが怒り狂って俺の机を訪ねてきた。
いつもは陽気なイケイケ親父であるまっちゃんであるが、

そらもう、ほんま、やってられまへんわ、だそうなのである。

しかしながら、
この会社では半ば当然のことながら、
仕事の事やら、真面目に深刻な理由で、
俺の机を訪ねてくる人はまずいない。

そのことは承知の上なので、
俺のほうとしても素直に、まっちゃんの怒りの原因がなんであるのか、
興味が湧いてくるというもの。

という訳で、月曜の朝からまっちゃんはなにをそんなに怒っているのか、
と聞いてみれば、なんと、

犬をアダプト、させられた、という事。

犬をアダプト?

そうなんや。土曜日の朝にな、いきなりや、娘にせがまれてな、
レスキュー・シェルターってなところ、まあ保健所や、に連れて行かされてな、
で、ほら、この犬や、これうちで飼いたいねん、と来るさかい。

という訳で、娘にせがまれて犬をアダプトさせられたまっちゃん。

犬に夢中になっている娘に、
お前、本当に世話するんやろな、と何度念を押しても、
するする、言いながら俺の話しなど聞いてりゃせん。
もう、犬にかまけてかまけて、な。
人の話なんかぜんぜん耳に入らん。

で、やめとけ、言うたんや。
どうせ世話できんようになるし、そうなったら余計に可哀想や。
自分でようできんことには、最初から下手に手を出さんほうがええ、
言うてな。

で、土曜日はそれで大喧嘩や。
泣きじゃくるばかりで口も聞いてくれへん。
まあ放っとけ、言うてたらな、
なんと、夜になってから、家の前にだだだだ、と車が停まりよって、
で、娘のクラスメートたちがな、親に連れてぞぞぞぞ、とやってきた訳や。

で、ゆみちゃんのお父さん、お願いやから、お願いやから、犬をアダプトしてください。
お願いです。私達もみんなで協力します、言うてな。
みんな泣きじゃくりながらや。頼みよるんや。

で、親の方もな、困り果てててな。

いや、でも、俺は仕事で世話はできんし、うちのかみはんは犬など飼ったことないし。
言うたら、大丈夫や、みんなで協力するから、と。

で、よくよく話を聞いてみたらや。

さあ、ここからが俺の怒りの理由やねんけどな。

木曜日に、学校のクラスの課外授業とかで、
バスを仕立てて、例の保健所に生徒みんなで出かけてな。

保健所の犬を前に、

人間の都合で捨てられたこの犬たちが、来週には殺されてしまう。
こんなことでええんか、世の中間違っとるでえ!

みたいな演説を聞かされたらしいんや。

で、みなさん、ペットは大切にしましょう、で終わればよいものを、
よりによって、
もし、家で犬を飼っていなかったら、ここの犬をアダプトしてくれ、言うてな。
で、いまじっくりと犬を選んどいて、
で、今晩よく家の人と話して、で、この週末に引き取りに来てくれ、と。

それまで、命は預かる、とか?

せやせや、ほんまそんな感じなんや。

で、それでや、また娘たち、のぼせまくってからに、
友達同士で話あわせてな、
親を説得できない子がいたら、みんなで協力して説得に当たろう、
なんて協定を結んどってな、で、この騒ぎや。えらい恥かかせよってからに。

で?

で?しゃあないやんか。

で?

で?だから、そこまで言われたらしゃあないやんか。

アダプトした、と。

せや。日曜日、朝一番や。家族一同、一緒にでかけてな。
保健所開くまで、ドアの前でじーっとまっとって、
その間中、もう殺されてたらどないしよ、お父ちゃんのせいやって、もう泣きよって泣きよって。

で?

で?おったよ。小汚い犬でな。

写真とかないの?

写真、娘は撮りまくってたけどな、あ、こいつや、これこれ。

お、ボーダー・コリーだ。

せやせや、そんなこと言っとったで。

こいつは頭いいですよ。

そんなことも言っとったわ。
なんかな、初めて会った時からもう娘から離れんようになったらしくて、うちの娘ももうべったりや。

いくつ?

犬?知らん。なんか子犬やってな話で。

4ヶ月ぐらいかな。ショットは済んでるって?

ショット?なんやそれ。

予防注射。

ああ、済んでる済んでる全部済んでる言うてな。
そういいながら、金まで払わされてな。200ドルや。
これはもう押し売りみたいなもんやろ?せやろ?
そんなもんを学校が授業でやってるなんてな、どうしても理解できん。
これは悪徳商法、そのものや。

素晴らしい話じゃないですか。

あのなあ、動物愛護もいいかげんにせいや、と。
世話を押し付けられるこっちの身にもなってみてください、と、そう言いたい。

家族で世話すればいいじゃない。可愛いですよ。

あのなあ、俺のこの仕事のスケジュールで、捨て犬の世話などできるわけないやろ。

大丈夫!

なにがや、なにが大丈夫や。

あなたは犬にハマる。ぜんぜん問題なし。

どういう意味や。

今に判る。まっちゃん、あなたは絶対に犬にハマる。誰よりも可愛くて可愛くて手放せなくなる。

そんな訳あるか。

大丈夫。俺には判る。あんたは、犬バカの素質十分。

絶対ありえへん。絶対にや。あーあ、しょーもない、こんなアホのところに話に来た俺がアホやった。



という訳で、数日して、またまっちゃんが俺の机にやってきた。

出会い頭に、

ボーダー・コリーな、やっぱアホや。


ぜんぜん言うこときかへんねん。
何言うてもな、空向いてうんともすんとも言わんねん。
で、こら、おまえ、とがつんと、やると、娘とかあちゃんのな、後ろに隠れ寄ってからに、
ほんまに根性なしのアホ犬やな。

がつんって、犬を殴った?

殴りはせんけんど、足でぼん、ってな。

蹴った?

そら蹴りたくもなるわ。
散歩連れてってやろうとしても動かへんし。
引っ張ったら両足こうして踏ん張ってびくともせんし。
飯くれたろいうても、芸の一つもせんし。

芸って教えなきゃ覚えないでしょ。

そんなもんか、お手とか、ちんちん、とか、最初からはやらへんのかな。

あのですね、この国で犬を叩いたら、まじで、警察に捕まって、刑務所、はないにしても罰金刑ですよ。

罰金?誰が誰に払うねん。俺が犬にか?笑わせるわ。

絶対に犬を蹴っちゃダメですよ。殴ってもいけない。
特にこの犬種は頭がいいから、そんなことやったら一生恨まれますよ。

そんなもんか?

犬は頭いいですよ。

そんな訳あるか。

まっちゃん、あんた、ガキの頃、親に殴られたことあります?

ああ、あるよ。何度も。

覚えてるでしょ?

ああ、覚えとるよ。よお殴られた。

頭来たでしょ?

ああ、頭きたなあ。ガキながら、やっぱ、この親父ぶっ殺したろかってな、頭きたわ。

それとおんなじですよ。
ガキのころ殴られたら絶対に忘れない。
それは何十年たっても覚えてる。
理由は忘れた。でも、殴られた、という事実は忘れない。
それが教育であれしつけであれ、殴られたってことは絶対に忘れないでしょ?
なぜかと云えば、理由はなんであれ、絶対に子供を殴っちゃいけないから、なんですよ。
百害あって一利なし。暴力は絶対にペイしない。暴力で教えられたことは暴力で返そうとする。

で?

で、そう、その結果が、

そっか、あんたや。

そう。極道街道、ひた走った末にこのざま、というやつ。

俺もまあ、似たようなもんやな。

でしょ?俺はいまだに覚えてますよ。
で、事あるごとに、こいつ、いうことをきかないなら、ガツンとやっちまえば手っ取り早い
なんて変なことを思う癖がついている。

ああ、あるある、俺もそういうところあったな。確かに。

という訳で、犬も同じ。殴られた怒りは絶対に忘れない。そしてそれを暴力で返そうとする。

ぐれるって訳か。

殴るから悪いんです。最初からぐれている犬はいない。殴るからぐれる。殴られていない犬はぐれない。

でもなあ、なんかうちの犬、かあちゃんやら娘やらが甘やかされてワガママになりつつあるようでな。

褒めるんですよ。徹底的に褒める。ほら、いいことするとこんなに良いことがあるよ、って。

どんどんワガママにならへんか?

そのビビリが、日本の教育の諸悪の根源なんですよ。
そもそも、一般社会に出れなかったようなチンケな学生が教職にすがって、
サラリーマンは大変そうだから先生にでもなるか、
なんてところで学校に戻ってきたチンカス野郎が、
そもそもそんなチンカスだから、ガキを相手に先公ヅラして、俺を舐めるなよ、
なんてことをいうから逆になめられる。
舐められて逆切れして手をあげる。
大人を尊敬しろ、だと、ふざけたことぬかしやがって、となるから、
卒業式に池で泳がされることになんて風に、落とし前をつけさせられる。
だから、
そんなバカな過ちはもう繰り返してはいけない。
しつけはきっちりやる、やるが、それは暴力じゃない。
時間をかけてゆっくりと、良いことをすれば褒める、悪いことをすれば褒められない。
それを根気強く続ける。それが教育の基本。

なんか、えらく感情こもっていたな。そんなものか。

自分のことをよく考えてください。この悲劇を繰り返してはいけない。

あんた、ガキの頃、そんなに辛かったんか?そら悪いことを思い出させてしもうたな。

俺はすべてのレスキュードッグの見方です。
レスキュードッグをアビューズしている奴がいたら、
お天道さまに変わって俺が倍返しにしてもいいって、お天道さまの許可も得ています。

おお、こわ。判った犬は蹴らない。殴らない。で、どうしたらええの?

おやつを上げる。犬用のクッキーを買ってきて、
で、ことあるごとに、良いことをしたら、してくれたら、はいご褒美。
それを何回も何回も繰り返す。

餌で釣る、ということか。なんか卑しいやつになりそうやな。

いや、そもそも犬にはまだ、良いことと悪いことの区別がついていない。
なぜかと云えば、人間にとってよいことは、犬にとって必ずしも良いこと、とは限らない。
つまり、人間にとって良いことをして欲しいときには、と頼まなくてはいけない。
それは躾ではなく、お願い。
犬の事情も判る。が、ここはひとまず折れて、人間の事情にあわせてくれ。
お礼に、このお菓子を差し上げます、なでなで、ありがとう、と、その気持が大切。

お互いに妥協が必要な訳や。

妥協というよりも、相互理解ですね。
人間のいうことをきくと、その代償にこれが貰える、という約束事が生まれる。
その約束の概念をまずは理解して貰う。

犬はそんなに頭ええんかいな。

今にわかります。ヘタをすると、人間よりも頭がいいと思うことにちょくちょく気づきますよ。
とくにボーダーコリーは無茶苦茶に頭がいいから、
いまのうちにしっかりと約束事の取り決めをしていればこの先間違いがない筈。
最初が勝負です。がんばってください。

最初が肝心?

そう、人間もそうでしょ?最初が肝心。
最初にきっちりと約束事を作っておけば、後で揉め事も起きない。
で、約束の時には必ずトリート、つまりおやつを上げる。
はい、約束だよ、と。
すぐに始めてください。
ボーダーコリーなんからだ、こちらがちゃんと約束を果たせば、面白いぐらいに覚えてくれますよ。

そんなものかな。

いいですか。人間というよりも生き物としての基本。
自分でやってほしいことを相手にもやる。自分でやられたら嫌なことは相手にもやらない。
これは犬対犬、人間対人間、犬対人間、でもなんにも変わらない。
犬はその道理が、人間よりもしっかりと見についている。
相手に対して良いことをしてあげれば、必ず犬も良いことを返してくれる。

例えば?

愛情を注いであげれば、それこそ、これでもかってぐらいに愛情を返してくれる、ってことですよ。

犬の愛情か。

そう、犬の愛情。濃いですよ。犬の愛は。心と心のふれあい、ほんとうに染みわたりますよ。

犬にそんなに愛されて嬉しいもんやろか。

今にわかりますよ。まずは愛情を注いであげてください。必ずお返しが来るから。絶対に損はしません。

おお、なんか、そういうもんか、と思えてきた。

まずは、自分の名前を覚えてもらう。
で、名前を呼んだら来る。
来てくれたらご褒美。お礼を上げる。
ちゃんと声に出して褒める。
お座り。お手、してくれたら必ずご褒美。そして褒める。
お散歩の時には、必ずリーシュを短く持って、で、歩きながら名前を呼ぶ。
振り返ったら目を合わせ、目があったらおやつ。これを繰り返す。
信号で立ち止まったら必ずお座り。目と目をあわせて、はいご褒美。
これを繰り返してください。
これだけですごく代わります。まずはここから初めてください。

おお、なんかドッグトレーニング、って感じやな。

取り決めです。約束事を覚えてもらう。
こちらからお願いして、犬に相互理解を促して、で、コミュニケーションを図る。
大丈夫、向こうにもこちらにも心があるわけだから、要は心と心のつながり会いですから。

おお、ほんまか。

犬に、この人を喜ばせたい、と思ってもらうことです。
そのためには犬に喜んでもらおう、とすること。相互理解です。

もっと、ほら、ご主人様、みたいにびしってとやらんでもええの?

それは、相互理解が確率してからですよ。
相互理解もなしにそれをやると、いきなりがぶっと来るようなグレタ犬になります。

そんなものか。

心と心、それが一番大切。躾はその後です。
心がつながれば、俺を悲しませないでくれよ、と云えば、犬はすぐに判るようになる。
それが躾の基本。
心と心のつながり合いの大切さを知ること。それが躾の基本というものです。

なんか、ほんま、人間と一緒やね。

そう、人間と一緒。犬は言葉は通じにくいけど、人間よりも素直だからやりやすいですよ。

すぐに結果が出るかな?

ボーダーコリーでしょ?大丈夫。まずは、おやつから初めてください。

判った。

馬鹿な犬はいません。馬鹿なのは、飼い主、それが真実です。

***

そんなこんなで、
あれから3ヶ月が経った。

まっちゃんは毎朝夕、三マイル、愛犬と一緒にジョギングをするのが日課だそうだ。

いやあ、うちの犬は頭が良くてさ、が口癖である。

いつのまにかIPHONEの壁紙が、娘の写真から、犬を入れた家族の写真に変わっている。

日課にしているドッグランでも顔見知りが増えた。
職種も年齢も人種も学歴も収入格差も飛び越えた、犬友達、である。

ドッグランでは、まっちゃんはちょっと口うるさい親父で通っているのだそうだ。

躾のできていない犬を見つけると、ほら、おいで、とトリートをだし、
呼んだら来る、で、トリート。目を合わせて、トリート。お座りをしたら、トリート。
いいですか、これだけでも十分。まずはこれを初めてください、とやっているのだそうだ。

馬鹿な犬はいない。馬鹿なの飼い主だ。この文句だけは、英語で完璧に言える、のだそうだ。

会社中で犬の自慢話ばかりしているまっちゃん。だが、なぜか俺のところにはやってこない。
たぶん、照れくさいのだと思う。

あの日、レスキュードッグから一緒にアダプトされて行った犬たちは、
その後もクラスメート達の協力の元にすくすくと成長を続けているらしい。
ちょくちょくと一緒にドッグランに集まって、同窓会をやっているそうで、
お互いの犬の自慢話から喧嘩になることもあるらしい。
が、
たとえ、他の犬に比べて多少毛並みは悪くとも、多少頭が悪くても、多少足が遅くても、
そこはやはり、なにがあっても、自分の犬が一番かわいい。
そんな犬を選んだ自分自身の投影がそこにあったりもするわけで、そこは諦めるしかない。

という訳で、悪徳商法だ、と罵倒されたレスキューシェルター、
実はとてつもなく良い仕事をしている、と言わざるを得ない。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム