Loading…

雨のUSOPENで「1Q84」を読み耽っていた

Posted by 高見鈴虫 on 16.2009 読書・映画ねた


死ぬほど楽しみにしていたUSOPEN2009。
よりによってその日に限って、ニューヨークは朝から雨模様。

予定された試合はまさに天気まかせ。

降り止まぬ雨の中、することもなく、じりじりと待ち続け、
そんな苛立ちを控え室の選手達と共有しながら、
いまかいまかと睨み続ける雲の切れ間。

ふと、弱まった雨足の隙間に、
待ってましたとばかりに飛び出すグランド・ボーイ達。
水切りから扇風機かタオルからを総動員して、
さあ、準備完了、と歓声が沸きあがったとたん、
そんな様をあざ笑うかのように降り出す無常の雨・・・・

一日中がそんな感じ。

不条理と不毛と無力感に苛まれながら、
どうしても会場を去ることができないファン達の、
やるせない溜息ばかりに満ち満ちていたUSTAフラッシングメドウ。

そんな中、村上春樹の新作1Q84を読みふけっていました。

虚構船団的日常

Posted by 高見鈴虫 on 17.2010 読書・映画ねた
会社のキッチンに山と積まれていた自己啓発系の一冊。
斜め読みするだけで思わずむかついてくる。
これってまさに現代のイソップではないか、と。
が、俺のこの拒絶反応の元はといえば、
つまりは裏に宗教の匂いがするからなのだな。

という訳で、
つくづく見失ってるんだな、こいつら。
森で方向を見失った時、
知識も知性も自己保全の能力もない奴は、
とりあえず集団の人々に盲従する以外ないわけで。

解毒剤替わりに虚航船団を一緒に読む

まずはコンパスが登場する。彼は気が狂っていた、だとさ。
自己啓発本などより、こっちのほうが現実味があったりするわけで。

死国読了。面白い!

Posted by 高見鈴虫 on 22.2010 読書・映画ねた
会社の本棚に積んであった文庫本から死国を読む。
なぜか妙に面白い!
これって日本の村社会の不気味さそのものなのだろうな。
なんか凄いぞ村社会。
ああ村社会村社会、
と思いながら見上げる窓一面にマンハッタンの夜景に
思わずここはどこわたしは誰、と。
日本の本を読んだ後の、
この落差がたまらない、という訳で。

「THE CLASS」というDVDを観てとても暗い気持ちになった

Posted by 高見鈴虫 on 24.2010 読書・映画ねた
図書館で借りた「THE CLASS」というDVDを観てとても暗い気持ちになった。

決まりを守ることしか教えない学校と
決まりを守ることしか教えられない教師と
決まりをまもることしかできない生徒たちの話。

なぜ世界はここまで寛容さを失ってしまったのだろうか。
誰がそれを望んだのだろうか、
と考えるが、
やはり時代が向かっている方向とは、
ほとんど全ての人々を奴隷化することなのだなと思う。
なぜか。
それはやはり人の資源化なのだな、と。

1Q84のBook3を読了

Posted by 高見鈴虫 on 31.2010 読書・映画ねた
1Q84のBook3を読了。
んだこれ、と口あんぐり、

未来世紀2010

Posted by 高見鈴虫 on 31.2010 読書・映画ねた
1Q84の欲求不満の反動ではないが、
なんとなく本家ジョージ・オーウェルの1984を読見返してみたくなったのだが、
どういうわけかジョージ・オーウェルはカタロニア賛歌しか手元に無くて、
で仕方が無く、テリー・ギリアムの未来世紀ブラジルを見返してみた。

図書館のDVDで 「プレシャス」 という映画を観た

Posted by 高見鈴虫 on 05.2010 読書・映画ねた
図書館のDVDでプレシャスという映画を観た。
なぜかといえば比較的新しい映画であるにもかかわらず図書館山になっていたからだ。
主人公は

ニューヨークのハーレムに暮らす16才の少女。
というとまたあああのJELOみたいな、
どこからどう観ても、隣にいたら誰も放っておかないであろうスーパーウーマンが、
貧民街から努力と美貌と才能でのしあがりましたというサクセスストーリーか、
ばかばかしい、
か、というと全く逆。

プレシャスは、それはまさに、犯罪のように醜い16歳である。
デブでブスでのろまでバカ。
見るからに醜悪で一目見て徹底的に救いがない。
お決まりの母子家庭で、
生活保護で暮らす母親は育児放棄と言うよりは、娘をいたぶること以外なにもしていない。
実の父親に犯された挙句に、16歳の身空で一時の母。
おまけにそれが学校にばれて放校処分になり、
とまさに、絵に描いたような不幸などん底の16歳。

で、
そんなどん底の少女が、
似たもの同士が吹きだまった特殊学級のような学校に通いながら、
そこでようやく人との繋がりを思い出し、
人々に支えられながら第2児を出産するのだが・・

がしかし、
そう、現実は早々と甘くない。

というか、この物語り、
まじ、甘くなさ過ぎる。
それが現実だったら、もう少しはどうにかなったりもしねえのかな、
と思えるほどに、
徹底的に、もはや悪乗り的にまで、
徹底的にどうしようもない。

生まれたばかりの乳飲み子をつれたまま路頭に迷い、
最後のトドメとばかりにエイズ感染が発覚、

行き場所も将来も、子供さえも失った16歳はいったいこの先どうなってしまうのか、

という

ここニューヨークにおいてはいかにもどこにでもありそうな不幸の縮図である訳で、
事実街を見渡せばいかにもプレシャスな人々をゴマンと見かける訳なのだが、
果たしてこのプレシャスにある悪夢のような現実が、
地下鉄でたったの15分のところで今現在も進行中。

それどころかたったいまブロードウエイの街角ですれ違ったばかりというのがいかにも凄い。
とはいうもののやはりアッパーウエストサイド72丁目からは、
このプレシャスな現実は夢のように遠い。


と思っていたら、

留学生のお嬢様がクラブで知り合ったブラザーにいきなり中出しさたが最後、
突如プレシャスな日常に突入してしまう、というの洒落にならない現実の話。

おいおい、あまりにも笑えないな。

アモーレス・ペロス=犬の愛

Posted by 高見鈴虫 on 22.2010 読書・映画ねた
アモーレス・ペロス=犬の愛、

犬の愛?なんだこれ、と思ったときに思い浮かんだ、
80年代パンク界の生んだ天才詩人・S-KENの一節。

♪夜のオンナが、俺に聞いたよ、
愛ってなんだか、あんた知ってる?
少年は犬ころ愛するものさ、
住めば都の魔都~♪

~「魔都」より


という訳で、
アモーレス・ペロス=犬の愛、
の意味が、実はこの一節に集約されているかと。
あるいは、S-KENの意味したものを
この映画でようやく理解できた、というか・・

THE COVEを観ることのできない水銀頭の人々へ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2010 読書・映画ねた
市立図書館でDVDの貸出=ただ、
で、
ザ・コーブってな映画を見た。

日本で上映許可の禁止の、良いの悪いのと、
話題になっていたらしいまあ例の奴らしいのだが、
ぶっちゃけ、
あなたは、イルカを殺すのが良いと思いますか悪いますか、
と聞かれたとすれば、
悪いにきまってるじゃねえか、あたりめえだろ、と素直に思う。

だってさ、
イルカ見てかわいいと思わねえか?
思わねえのかな?
俺は昔、一緒に泳いだことがあるので素直にかわいいと思うし、
カリブでダイブ中にみたあの姿には素直に美しい、とため息が漏れた。
まあね、確かにサメと間違えてひやっとさせられることがあったりもするので、
時として迷惑であったりもするのだが、
だがね、そう、かわいいし、美しいし、とそれがまったく素直な気持ち。

で、そう、
そんな、かわいらしく、美しい、と思えるものを、
しかも、自分に懐いて近寄って来る生き物を、
わざわざ殺すことが気分が良いわけがないだろう、と。

そんな俺の感情は、間違っているのか?

子犬を殺して嬉しがっている奴がいたらそいつはただの病気だ、と思うだろ?
良いの悪い、というより、ただ不快だろ、と。

この映画のことをああだこうだ、と言ってる奴は、
まるで、
子犬を殺して喜べ、と強要されたので、
子犬を殺してもなんとも思わない、あるいは、それが喜びに感じられるように努力しました、
などと、ただ言わされているだけの大馬鹿小心者、
というような気がしてならないがどうだ?

この映画を、
日本が攻撃された、やりかえせ、と過剰反応を起こしたり、
あるいは、
ならさー、イルカを殺すのが良いの悪いの言うなら、
牛を殺してるおまえはのはどうなんだよー、

となどと言い返す幼稚な論法がまかり通っているらしきことにも、
あのなあ、
お前ら、本当の本当に水銀で頭ぱっぱらぱーなのか?
とつくづく呆れ返る、というより、その馬鹿さ加減に恐ろしささえ感じる。

気持ちの悪いこと、不快なことにを前に、
なら、も、どっちもあるか、と。
そんな馬鹿な比較論ってのはいったいどこから来てるんだよ、と。
まるで、
バカって言ったら自分が馬鹿、と言い返すガキの喧嘩、
というより、
ただバカ犬の遠吠え。あるいはそれ以下だ。

牛だってイルカだって、
生き物を殺してる姿を魅せられて気持ちがよいやつが居るわけがないだろ、と。
それは子犬も子猫も一緒だろ、と。
牛であろうがヤギであろうが、
鶏でもうさぎでもイルカであろうが、
生き物殺すことが不快でない訳がない。
なんで素直に、
牛かイルカか、などと言う前に、
どっちも気持ち悪くない?
と思えないのか、と。

なので、そう、良いの悪いのじゃねえ、と。

牛を食って死にたくない奴は、勝手に食わなければよい。
食って死ぬかも、と判った上でも食いたい奴は勝手に食えばよい。
だから、
騙されて殺されたイルカを食っても罪はねえと思っているなら、
勝手に水銀食ってイタイイタイ病で死ね。
水銀の含有量が致死量だ、でっちあげだ、
と言っているなら、勝手に食っていればよい。
あるいは、
良いの悪いのと言う前に、てめえのガキに食わせてみろ、と思う。
他人のことなら何でも言える。
自分のことでさえ何でも言えたりもするがね。
ただ、
なら、自分のガキに食わせてみろ、と思う。
それをくってもしなないと言い張るなら、
まずは自分のガキに食わせてから言え、と。
自分のガキに食わせられないものを、
いや、あんたのガキなら問題はない
なんて言っているヤツがいたらそいつは人間以下だ。
つまり、そう、つまりそう言う奴の嘘こそ、
みやぶる必要があるのだぞ、と。

俺は、いままで、
イルカ殺すな、ニホンジンは鬼か、という輩に囲まれながら、
バカヤロウ、イルカ殺さなくっちゃ生きていけない善良な漁師たちのことも考えてやれよ、
ふざけるな、と言い返して来たんだぞ、と。

で、いいから黙って観てみろ、反論はそれから言え、と説得された見てみたら、

あのなあ、
この映画のどこ「善良な漁師さん」なんてのがいるんだよ、と。

ただ欲に目がくらんで、ブッ殺したイルカを鯨だって嘘ついて売ってるだけじゃねえか、と。
イルカ殺さないと生きていけない、なんて切実感はどこにもねえじゃねえか。
ただ、金の為かよ、と。
そのあさましさを、人につつかれて、
なにをとち狂ったか、日本がどうのだ?笑わせるな、と。

日本が避難されたわけじゃねえ、
ただ、この太地という街のくさった漁師、
それも
ろくに漁もできなくなった、
いや、より楽な方法でおいしい金が欲しいと思っていた奴が、
また欲に目の眩んだ地方の成金と、
それに金をたかる田舎政治家と、それに金をたかる田舎やくざと、
それに金をたかるちゅーおーの役人と、政治家と、マスゴミと、と。

ただの、腐った強欲の、腐った羞恥心の、腐ったゴミ以下の連鎖
とただそれだけじゃねえか、と。
日本を守るためにただ一人言い返してきた俺はどうなっちまうんだ、と。

アメリカ人にもいろいろいるように、
日本にもいろいろなやつがいる。
同じアメリカ人だからと言って、その色々なアメリカ人全ての責任をとらされる、
なんてことが土台無理だし、言う方からして馬鹿げているように、
この映画の上映がどうのこうのと言っている奴、
騙して水銀食わせている奴、騙されてくわされている奴、
みんなまとめて俺の知ったことか、と思う。

俺はいまだにタバコを吸うが、
それは自分で、これは毒だ、と知りながらそれを覚悟で吸っているつもりだ。
ただ、タバコが害ではない、タバコが害だというバカもいるがだまされるな、それは嘘だ、
と、国家規模で信じこまされている奴らがいるとすれば、
そいつはつくづく哀れだと思う、だろ?
そう、まるで例の北の人々のようにね。

あの映画を見てつくづく、
騙されている、という意味では、
日本も北も中も変わらねえな、と思う奴が多いだろうし、

テメエらが騙されているという自覚のある北や中よりも、
なんだかもしかしてちょっとはましな暮らしをおくっているように錯覚している、
つまりより根深く騙されている日本の方々が、
つくづくバカバカしく思えてくる奴も多いだろうが、
まあ、それも知ったことか、とは思う。

ただ俺はそんなニホン人ではない、俺は俺だ、とはっきりと言うと思う。

あのなあ、ニホンジン、
いいかげん気づけよ、と。

まあな、でも・・おれまじで、
いまさら日本がどうなろうと、
ぜんぜんまったくどうでもよくなっているってのはあるんだけどさ。

BAND VISITというイスラエルの映画を見て

Posted by 高見鈴虫 on 30.2010 読書・映画ねた
BAND VISITというイスラエルの映画を見て、
人間の性について考える。
許すことを学ばねばいけないという話だったかな。
俺もそろそろ許すことを学ばねば、と思いまひた。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム