Loading…

BABYMETALのPDCA ~ すぅめたるは一日にして成らず

Posted by 高見鈴虫 on 04.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
いや、はい、そうそうそう、
そうです、そうです、これですよね。はい。

知っていました、もちろん、
これ、言わずと知れた、2013年のジャム・プロジェクト。





過去の、LENGENDに関する駄文、

2013年6月に行われた、LENGEND 1999 ユイ最愛の生誕祭から、
そして、同年の12月のあの、LEGENED 1997 すぅメタル生誕祭、
->「BABYMETALの伝説 : LEGEND 1999 & 1997 APOCALYPSE その一 ~ 懺悔」

このふたつの公演の、そのあまりのクオリティの差の中で、
この半年の間に、いったいなにが起こったのか、
ベビーメタルの命運を左右した、その激動の半年間の軌跡、

実際にその時代をご経験された、いまとなってはまさに、歴史の生き証人、
そんな方から、いやはや、いま思い出すだけでも、まさに全身に冷や汗が滲む、
あの2013年、そのひとつひとつのライブが、まさにカミソリの上を全速力で走り抜けるような、
そんな、ギリギリぎっちょんちょんの、凄まじいばかりの勝負時であったと言われる2013年。

サマーソニック、から、LOUD PARK から、
アンチ・ベビーメタルの筵旗を振り回すヘイターと言われた方々、

曰く、
アイドルの看板をさらすベビーメタルなんて糞ジャリどもに、
メタルなどと名乗らせてなるものか!

そんな人々との壮絶なまでの泥仕合が行われていたと聞く、
その怒涛の2013年において、
このJAMプロジェクトでのすぅメタルの公演こそは、
そんなヘイターの減らず口を一挙に封じ込めるに至った、
記念碑的なライブではなかったのか、と。





ベビーメタルと昭和歌謡 ~ もしもすぅめたるとカラオケに行くようなことになったら・・  

Posted by 高見鈴虫 on 02.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
なぜか最近、気分がすぐれない。

風邪、というのではなかろう。
そう、俺はバカ、なのである。
バカである俺は、その唯一の恩恵として、
風邪を引かない、その筈なのである。

なので、そう、これは風邪ではない。
だって俺、ぜんぜん、バカのまんまだもん。
なのでそう、バカである俺が風邪を引かない以上、
これはまさか・・・

そう、言わずと知れた花粉病である。

おいおい、まだ2月だぜ、と言いながら、
改めて見渡せば、どこもかしこも花粉病の大流行である。

そんな季節外れの花粉病に意識を朦朧とさせながら、
それが理由という訳でもないのだろうが、
またまた、なんとも妙な感覚に包まれて過ごすこの不穏な春の始まり。

なんかさあ、またまた、なんだけど、
なんとなく、またまた、すぅちゃんが近くにいるような気がしてならないんだけどさ。

もしかして、またすぅちゃん、ニューヨークに来ていたりするの?
そんな情報、だれか持ってる?

あるいは、そう、これはまたまた、ベビメタ・ロス、

あの深夜のペリスコに張り付く、あの怒涛の寝不足の日々が、
今になっては恋しくて恋しくて。

そうか、此のベビメタロスの影響って奴なのであろうか。

とは言いながら、ニューヨークの末期的な雑踏を彷徨いながら、
もしもここで、いきなりすぅちゃんに出くわす、なんてことがあったら、
俺、いったい、なにをしでかしてしまうのか、
なんてことについて想像を巡らせてみたりもする、
この春一日目の不穏な午後。

で、どう?
あんただったらどうする?

もしも、見知らぬ街角で、
いきなりばったりと、すぅちゃんに出くわしちゃったりしたら・・

!!!!!!









ハンドメイドのベビーメタル ~ 中元すず香が自身の詩を歌う時

Posted by 高見鈴虫 on 26.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
ははは、どうしたました?暇なんすか?

いやあまあそう、ガンズのサポート以来、
アップデイトがないですからね。

そうわかりますわかります、
つまりはベビメタ・ロス、というか、
まさにこれ、禁断症状、ってやつですよね。

ひめたんと水入らずに過ごされている筈のすぅちゃん、
もしかして、二人でお料理ばかりしていて、
或いはそう、久々の骨休め、
故郷の広島に返っては大好物のお好み焼き三昧。
レッチリのサポートの頃には、見違えるようなグラマー・バディ、
なんていう事態になっていないことを・・・
いや、そうれならそれで、わりと、なんというか・・ むふふふふ ❤

はい、育ち盛りですからね。
多感なお年頃です。

そしてそんな姫様を見守る爺やたちは、
そのご多感ぶりに日々、ハラハラどきどき、
ただ、それこそが、なによりの楽しみ、
という訳で、ますます成長を続けるベビーメタル、

果たして、次にお会いする頃には、
いったいどんなお姿になられているのか、
いまから、わくわくどきどきでごじゃります。



という訳で、毎回ながらしょうもない前フリでしたが、
で、今回のネタってやつなんですが、

そのネタの本題に入る前に、
その序章、というやつで、我が家の愚妻の暴言から始めさせて頂きます。

やっぱりさ、ONE OK ROCK の方が、すごいと思わない?

というかみさん。

だってさ、少なくとも ONE OK ROCK、その曲、ぜんぶ自分で作ってるんだよ。

そう、ONE OK ROCK、その殆どの作詞作曲は、
メンバーのボーカリストであるタカ、こと、森内貴寛氏が行っている、らしい。

つまり、ONE OK ROCK のうたこそは、真のメッセージ。
クリエイターとパフォーマーが一体化した、正真正銘の心の叫び、でしょ。

実は我が家の愚妻、
日本に帰国していた際、この年末に放映された、
「NHKドキュメント ONE OK ROCK 18祭(フェス)~1000人の奇跡 We are~」
なるものを鑑賞した際、
思わず、泣きじゃくってしまった、とのことで、

それ以来、なにかにつけて、ONE OKE ROCK、
すっかりワンオク信奉者になってしまったようなのである。







勝手に俺的アカデミー賞の発表です ~ 笑うに笑えず笑いしかでないこの茶番を生き抜くための映画談義

Posted by 高見鈴虫 on 25.2017 読書・映画ねた   0 comments
ついについに、今週末は待ちに待ったアカデミー賞ですね。
毎年のことながら、思わずわくわくどきどきです。

その注目すべき作品群、

ARRIVAL、LALA LAND、 LION、
そして、Manchester by the Sea

ああ、まさに、珠玉の名作ばかり。

とは言いながら、はい、一つも観ていません・笑
で、正直この先、DVDで借りて観る気、にさえもなりません。

先のグラミー賞もそうですが、
この、権威ある、やら、歴史の伝統の、なんていう
大時代的アメリカ的な冠ものが、
ことごとく、空洞化の一途。

正直言って、言葉は悪いですが、
知ったこっちゃねえよ、ば~か、と、
まあそう思ってしまっているのは、
わたしだけですか?

まあぶっちゃけ、このデロリアン時代、
あるいはそう、
このグローバリゼーションなインターネット時代、
そんな時代にわざわざ映画館で高い銭を払っては、
臭いシートに二時間も緊縛プレーなんて、考えただけでもぞっとする、
そんな時流の中で、
すっかりレガシーとなったこの映画産業。

陳腐化の一途を辿るCG時代、
すべてがすべてスタジオ内での合成写真、
そんな糞映画には、当然の事ながら
なかなか製作資金が集まらない、
で、挙句にそのしゃしゃり出たスポンサーが、
よりによってインドやら虫国であったり、とか、
まあいろいろな事情があるのでしょうが、
心配はいりません、
その分、嘗て映画界を支えていた才能のほとんどが、
テレビドラマ、に一挙流出しているだけの話なんですよね、
映画がつまらなくなったのは、
ただたんにそういう理由。

つまり映画というもの自体が、
すっかりと時代から取り残されてしまった、
その時代との隔絶がどれほど絶望的なものであるのか、
それに映画界が気づいていない、
あるいは、気付かないふりをしている、
そんな追われるダチョウのような
いにしえの伝統と格式の方々。

そう、それはかつて起こったこと
インターネットでいくらでもタダで音楽が聴けるようになる、らしい、
と言われながら、
惰性的なビジネススタイルそのままで、
そのままに、既得権益にすがり続けた音楽界が、
いまやすっかり、糞の中の糞壺に落ち込んだのと同じように、
このインターネットという大波に、
文句ばかりいっては無駄な嫌がらせ、
下手な規制をかけようとするばかりで、
なにも積極的なアクションを起こさないでいる、
そんな既得権益な方々。
それに引きずられるように、
この20世紀型の娯楽がすっかりと、
ド壺の底にはまり込んだ、ただそれだけの話、と。

ただ、はい、私、嘗てのロック小僧、
そして、映画小僧、でもあった訳で、
そんな20世紀型のライフスタイル、
いまだになんとなく、未練があるのかないのか。

ぶっちゃけ、このブログ、
なんてものを続けては、
この時代の潮流、
つまりはすべてが反射的印象主義、
その逆を打ち続ける糞長文、
見るからに文字ばかりの暑苦しい個人ブログ、
その妄想の暴走ばかりが詰め込まれた
糞溜まりのようなこの糞長文、
いったいこんなもの誰が読むんだよ、
俺だったら読まないね、絶対に、
と、書いている本人が言ってしまっては世話がないですが、

まあ、はい、タダ、ですし。
つまりは、紐=スポンサーがいない、
つまりは、そこに見え透いたステマ的詐欺洗脳もない代わりに、
この迷宮のような長文にはそもそも目的がなく、結論さえもない、という、
その徹底的なまでの非生産性が、
あまりにもバカバカしくて逆に和めるよね、
と、そんな感じで思っていただいてるとすれば、
あんた、暇だね、あるいは、もしかして、マゾ?
と、そんなことを思わないではない、この、21世紀。

という訳で、
そう、これは俺の個人ブログ、
つまりは、俺の俺による俺のためだけの愚痴と妄想の掃き溜め壺、
読むのは勝手だが自己責任、
とまあ、それをきっちりとお断りした上で、
改めて、俺の俺による俺のためだけのアカデミー賞、
そんな誰にもこれっぽっちの意味もねえ戯言を、
この死にゆく映画産業への最期の餞、
勝手に綴らせて頂く。



ベビーメタルの弊害 ~ 俺は何故にアデルを許せなくなったのか

Posted by 高見鈴虫 on 24.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
実は、ちょっと詫びなくっちゃならねえことがある。

何人かの方々からご指摘頂いた、アデル、のことである。

つい先日のグラミー賞をほぼ総なめにしたアデル。
まさに名実共に、世界の頂点の中の頂点を極めた、
稀代のスーパースター、である訳なのだが、
よりのよってそのアデルのグラミー賞でのパフォーマンスを、
なにを隠そうこの俺様が好き放題に罵倒したのは記憶に新しい。
->呪われたグラミー賞 ~ 神々に見捨てられた祭典

で、前回のマッサージネタでご登場頂いた俺のダチ、
ヒップホップの生き証人であるところのゴリラ男、
前回のグラミー賞の際に、よお遊びに来ねえか、
と電話をかけてきたのがまさにく彼で、
で、やつの家でのパーティに俺が風邪気味で出られず、
代わりにかみさんがお邪魔して、ということがあったのだが、

その際に、アデルの評価について、

アデル最高!というパーティ勢と、
嘘だろ、最低じゃねえか、という俺、
この評価の違いとはいったいなんなのか、

つまりはそう、
俺は何故に、アデル、
この万人の愛する世界一の歌手を、
許すことができなくなってしまったのか、
その理由について、
常々気になっていたのである。









一触即発・恐怖のマッサージ体験 ~ アメリカ人に寅ンプの名前を出してはいけない

Posted by 高見鈴虫 on 23.2017 アメリカ爺時事   0 comments
先の月曜日、プレジデント・デイとかの休日とあって、
そろそろ寒さも緩んで来たこの時節、
積もり積もった冬の垢を落とそうと、
また例の、奇跡のマッサージ師を訪ねようかと思っていた、その矢先、
友人の一人、ミスター・ブルックリン、ヒップホップ・カルチャーの生き証人野郎、
なんてのが、いきなり、
いたたた、ぎっくり腰で動けねえ、助けてちょんまげ、ってなメッセージ。
助けるたって、お前のその巨体、
二メートルはあろうかという長身に加え、
最近のこの中年太りで蓄えた分厚い脂肪の層が加わり、
ちょっと寄りかかられるだけでも足元が揺らぐ、
そんなゴリラ男に俺がいったいなにができるのか、と。

だから、お前の前に言っていたその奇跡のマッサージ師、
俺をそこに、連れて行ってくれ、と。

という訳で、そんな瀕死のゴリラ男を連れて、
遥々コニー・アイランド、
日本で言えば、南青山から片瀬江ノ島まで、
なんていう旅をすることになったのである。



そして少女は海を越えた BABYMETAL LIVE AT WEMBLEY ~ ベビーメタルが世界のBABYMETALになった時

Posted by 高見鈴虫 on 18.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

今更ながら、日本という国は島国である。
四方を海に囲まれ、その立地条件は「孤島」と言っても過言ではない。
そこには明らかに海に隔たれた「内」と「外」が存在することにより、
ものの成り立ちの全てが、内と、そして、外、の概念に依存している。

外から来たものを尊び、それを貧欲に吸収した上で、
だがしかし、そこには確実に内と外が存在する関係から、
外から来たものに喜びながらも、
しかしそれを、内なるものに順応させる為、
徹底的な噛み砕いては改良を繰り返しては吸収しつくし、
いつしかそれを「内」、
つまりは血と肉と骨に還元していくのである。

この外から内への還元の過程、
リメイクの技術こそが、
世界を唸らせた日本の真髄であり、
そのリメイクの伝統は、
すなわちは四方を海に囲まれた孤島、
という立地条件の産んだ賜物なのである。

そう言ってみれば
日本とはまさにまがい物の天国。
すべてがすべて、どこかから拝借した原型の
その発展形 進化系なのである。

そんな日本人が、
外から来るものを、半ばお人好しなまでに、
そこまで手放しで受け入れることのできるのは、
そこに確固とした、内、という概念の礎があり、
その内なるものに対する揺るぎのない確信があって始めて、
その底なしの知識欲を思う存分に発揮させることができるのだ。

それと同時に、
その手放しの貧欲さの裏返しとして、
日本人は根本的に、
外と、そして、内は、本質的に違う、
という前提が貫かれている。

日本の人々ほどになにかにつけて
海外からの文化を手放しに受け入れる人々も珍しく、
それと同時に、日本の人々ほど、
その海外からの文化に、
情け容赦の無い改良を加え続ける、
まさに創意工夫が天性とも言えるこの不思議な民族。

全てのものを手放しに受け入れ、
受け入れながらしかし決してそれに盲従することをしない、
つまりは異質なものを異質なものとして抱え込みながら、
じっくりと熟成させ消化しながら、
ものの本質を見極めていく。

そう、日本人というのはそういう人々なのである。

そう言った意味で、
日本人にとって、外、とはつまりは、格好のおもちゃであった訳だ。

嘗てのは中国、
そして、オランダ、ポルトガルから、
明治維新からは、フランス、イギリス、ドイツ、
そして、アメリカへ、と、
その地球というおもちゃを取っ替え引っ替えしながら、
まるで、スポンジに水が染み込むように、
ありとあらゆるものに限りない好奇心で食らいつては、
その素材を、原料を、徹底的に噛み砕きしゃぶり尽くし、
消化し吸収しつくし、いつしかそれを肉に骨に還元しながら、
時として全く違うとんでもないものをものをも作り出していってしまう。

そう、嘗て例としてあげた、天津丼。
中華料理でありながら、中国には存在しない、
それでいて、中華料理のその魅力の粋を極めたような、あの逸品。

あるいは、カレーライス。
今となってはインドの本家とは似ても似つかないものに進化を遂げながら、
それは既に、本国のオリジナル・カリーと双璧をなすほどの、
世界のスタンダードとして躍進を続けている。

そして、言わずと知れたラーメン。
中国においては点心の一部でさえあったこの添え物的な逸品を、
ついには味の芸術までに昇華させてしまったこの日本という国のリメイク術。
いまや、ラーメンは、日本語、であり、
そして、そこから改良に改良を続けた結果のカップ・ヌードルこそは、
日本が世界に与えた影響の、その筆頭に挙げられる、
まさに人類規模の革命であった。

それら全てが、日本からのオリジナル、ではなく、
外からのアイデアを元に、内に向けて改良に改良を重ねては、
熟成に熟成を繰り返した後に、それを再び、
新たなる日本のオリジナル文化として、
世界に向けて浸透させていく、
この不思議なパワーステション的な創意工夫の試行錯誤。

日本人の天賦の才とは、つまりはこのリメイクのサイクル、

確固たる内なるものを秘めた上で、
外の文化をそのまま包み込み抱え込むその包容力、
その合体、ならぬ、融合ならぬ、
まさに、緩い緩い共存の中に、
互いの接点、そして、妥協点を探りながら、
いつしか不思議な融解の中で、
そのすべてを内なるもののなかに包括してしまっている。

一見、その虫も殺さないような微笑の中に隠された、
止むことなき頭の体操、
人知れずその頭脳の中で、これでもかと試行錯誤を続けながら、
いざという時になると、その知恵の限りを尽くしては、
内なるもののすべての力を結集しては敢然として立ち向かう、
それこそがまさに、日本の凄み、そのもの、なのである。

という訳でお待たせした。

言わずと知れた我らがベビーメタルである。




呪われたグラミー賞 ~ 神々に見捨てられた祭典

Posted by 高見鈴虫 on 13.2017 音楽ねた   0 comments
雨の日曜日である。
朝からみぞれ混じりの激しい雨が降り続く中を
野暮用で外出せねばならず、
帰って来たときには全身がびっしょびしょ。
改めて、ニューヨーカーはなぜ傘をささないのだろう。
筋金入りのニューヨーカーであるこの俺も、ご多分に漏れず傘が嫌いだ。
どんな雨の中でも、よほどのことが無い限り、
頭からフードを被っては濡れるに任せていることが多い。
そして雨の中、思い切り不機嫌な思いで信号を待ちながら、
両隣に、そして、交差点の向いに、
似たようなずぶ濡れの連中をみやっては、
こいつら、いったいどこまでニューヨーカー、
と思わず苦笑をしてしまう訳だ。

という訳で、帰ったときにはすっかり風邪をひいてしまった。
ひっきりなしにくしゃみを繰り返しながら、
手元のIPHONEで見るともなく、
ロバート秋山、なんてひとの、シチュエーションコメディをつらつらと。
笑うに笑えぬそのあまりのブラックさに、
ここまでした者しか許すことができない、
そんな俺自身の偏狭を思い知るばかり。

とそんな中、Sup!? のメッセージである。
これからそっち行くぜ、と言われながら、
いや、あの、俺、風邪気味なんだけど、
と返す間もなく、だったらこっちに来るか?

アメリカの2月、
スーパーボウルも終わったこのあまりにも鬱々とした空白の中、
このアメリカで最も陰鬱な筈の季節、
それに加えてこの氷雨に濡れそぼった二月の日曜日こそは、
言わずと知れたグラミー・ナイト、なのであった、と。

という訳で、
だったら、あたしひとりで行ってくるね、と出かけてしまった妻に取り残されるまま、
ソファにひとり頭から毛布をかぶり、
くしゃみと鼻水にこれでもかとSNIVELING:スニーヴリングしながら、
第59回グラミー賞、この(自称)音楽界最大の祭典に付き合わされることになった。

いや、そう、実は、
嘗て、音楽バカ、というよりは、少なくとも人生の10分の9、ぐらいは、
この音楽というものに捧げてきたつもりであったこの俺が、
ここ数年、このグラミー賞、ぐらいしか、最近の音楽、というものを聴くことがなくなっていた、
のである。

そう、俺は音楽に興味を失った。
それは、つまらない、やら、好きではない、という程度の問題ではない。
ぶっちゃけ、最近の音楽、そのどれを聞いていても、虫酸が走る、どころか、吐き気、
それはもう、強烈な拒絶反応の中で、ともするとヒキツケを起こしてしまうほどに、
俺はことに、この近年のTOP40的な音楽に、半ば恐慌状態の中を逃げ回る、
そんな日常を送っているのである。

そんな俺が、一年に一度、唯一、近年の音楽的動向をキャッチアップする、
ともすると、苦行にも似たこのグラミー・ナイト。
普段であれば、友人たちとくだらない冗談を飛ばしながら、
まあそう、俺達が歳をとったってことだろ、なんていう慰め合いの中で終わる筈、
そんなグラミー・ナイト。

今回に限って、俺はたった一人の部屋に取り残されたまま、
手元のIPHONEに次から次へと送られてくるTWITTER的メッセージに苦笑い、
時として辟易を続けながらも、このただでさえ苦行にも近いその茶番的祭典とやらに、
よりによってこれ以上なく不機嫌の状態で、付き合わされることになったのである。



IDIOCRACY:イディオクラシーを観る ~ バカのバカによるバカしかいない未来世界的現実

Posted by 高見鈴虫 on 11.2017 読書・映画ねた   0 comments
先日のNO SNIVELINGと一緒に、
近日になって妙に耳につき始めた言葉、

IDIOCRACY  イディオクラシー。

IDIOT 愚か者 と、CRACY を掛け合わせて、
馬鹿社会 とでも言うのだろうが、

デモクラシーで民主主義、
ビューロクラシーで、官僚主義、
アリストクラシーで貴族政治、
カキストクラシーで、衆愚政治、
それに加えてこの、イディオクラシー、
つまりは、バカによるバカのためのバカの国、という意味か。

この原題となったのがマイク・ジャッジ、
言わずとしれたあの「ビーバス・アンド・バットヘッド」で一世を風靡した鬼才、
それが2006年に手掛けた、ブラック・ユーモア満載のSF映画、とのことだったのだが。
正直に言ってそれほど大ヒット、は愚か、話題になっていた、という記憶もない。

あらすじとしては、この映画の制作当時2005年、
つまりはいまからちょい10年あまり前、
軍部の極秘実験のモルモットとして冬眠させられた凡人男、
それがすっかり忘れられたまま500年後に目を覚ましてみれば、
その未来世界、人類の英知がの行き着いた超文明社会、と思いきや、
それはまさに、退化するだけ退化を極めた、馬鹿の馬鹿による馬鹿しかいない未来世界。

その理由は、と言えば、

高IQの出来の良い人間たちが、
やれ、計画出産だ、経済的余裕だ、仕事だ、キャリアだ、
となんだかんだで出産率は低下の一途。

それに引き換え、馬鹿たちは、
なにも考えずにポンポンと子供を作っては産み捨てて、
とやっているうちに、世界はすっかり、馬鹿ばかりが増えに増え続けたバカ社会。
その結果、500年後には、まさに、地球上には劣性遺伝子の人類しか生存していない、
地獄のような馬鹿社会になっていた、と。






ニューヨークの凍りついた夜 ~ 悪夢のスーパーボウル・ウィークエンド

Posted by 高見鈴虫 on 07.2017 アメリカ爺時事   0 comments
なんかよお、この月曜日、
ニューヨーク中が真っ白だよ、真っ白。

誰もなんにもやる気しねえってか、燃え尽きってよりも、
ただただ、昨夜からの悪夢の中を漂っている、とそんな感じ。

なんのことかって?
言わずと知れたスーパーボウルだよ。

言わせてもらえれば今回のスーパーボウル、
よりによってペイトリオッツと、んで、なに?ファルコンズ?
んだよそれ、って感じでさ・笑

なによりもこのペイトリオッツ、
言わずとしれたボストンのチームで、
つまりそう、MLBのヤンキースとレッドソックスじゃないけど、
ニューヨーカー、ことにこの、ボストンのチームってのと仲が悪い、
ってのはまあ、フットボールも野球もおんなじ。

でこのペイトリオッツのクオーターバックたる、トム・ブレイディ、
賭けても良い、あなたがもし、このトム・ブレイディのユニフォームを着て、
ここニューヨークにやってきたら、はっきり言って、どこにいっても何をやっても、
徹底的にろくな目には合わない、筈。

タクシー、と手を上げたら乗車拒否、レストランでは入店拒否、
道ではぶつかられ、お釣りは誤魔化され、挙句の果てに、
よおよお、俺もボストン出身なんだよ、気が合うな、一緒に飲まない?
とか誘われては、身ぐるみ剥がれてコニーアイランドにポイされるのがオチである。

そう、ニューヨーカーはトム・ブレイディが嫌いだ。

モデルのように格好良く、頭も良さそうで、
NFL史上空前の名クオーターバックで、当然のことながら大金持ち。
女優の愛人と、スーパーモデルの奥さんとの、二人同時に子供ができて、
で、その二人の子供を一緒に認知、
とまあ、やることなすこと、ぐうの音も出ないほどの良い男。

つまりはそう、全米の男ども、
とくに、アメフトなんてスポーツが好きな、つまりは、男の子、
そんなアメリカの男の子たちが、嫉妬と敗北感にのたうち回る、
トム・ブレイディとはまさに、そんな男。







  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム